あなたの言葉で
土方「副長! また予告状です!」
土方のもとに隊士が持ってきたのは、近隣の大型商業施設への爆破予告だった。
「あぁ……近藤さんに伝えておく」
ここのところ、同一犯からと思われる予告状が真選組に複数回届いている。
おかげで街は厳戒態勢……とは、ならなかった。
というのも、これまでの予告はすべて未遂で終わっているからだ。
もはや市井の人々の目には、爆破するする詐欺にしか映っていない。
初期には予告された施設の営業を停止し、隊士で全力を挙げて警護をしたものだが、平和ボケした街は、もうそれすら望んでいない。
しかし真選組としては危険分子を見過ごすわけにはいかない。犯罪心理の専門家は、いよいよ実行の時が近いだろうと予測しているらしい。非番だった土方も、今回は急遽警護に当たる予定だ。
「トシ、なんかあった? お出かけは……?」
廊下側の襖がそっと開けられる。
平和ボケしているのがここにも一人。
だった。
なんでも当該施設で、最近よく見ているアーティストのインストアライブだとかがあるという。
今日はそれに連れて行くという約束だったが、この状況では致し方ない。
「あれは無しだ。例の爆破予告があった。お前は留守番してろ」
「ええ~っ!? 約束してたのに!」
「もう決まりだ。諦めろ」
局長の近藤へ報告すべく、土方は予告状を持ちに背を向ける。
すると、後ろから腰元に思い切り飛びつかれた。
「約束してた! 私のほうが先だった! トシの嘘つき噓つき!」
が不満を抱くのも無理もない。
普段から嘘をつくな、約束を守れと厳しく言い聞かせている。
自分の約束でそれが通らなければ、だって納得はできないだろう。
だが、これは土方ひとりが判断できることではない。いやむしろ、土方の立場だからこそ、の外出を認めるわけにはいかなかった。
土方はため息交じりに振り返り、を見下ろす。
「うるせェ。大人には大人の事情ってモンがあるんだ」
「何それずるい! 自分のときばっかりそういうこと言って、私にだけ……」
「いい加減にしろ。これ以上ゴネたらどうなるか、わかるな」
声のトーンを落として凄むと、は顔を引きつらせて押し黙った。
これ以上聞き分けがないようなら、尻を叩く。
暗にそう言ったわけだが、には伝わっているようだ。普段の躾がこういうときに役に立つ。
土方は再びため息をつき、今度こそ近藤へ報告に参じた。
はちゃんと諦めてくれただろうか。
爆破予告があった商業施設の持ち場で、土方は苛立ちながら足先をパタパタ踏み鳴らす。
あの様子では、不満は解消されてはいないだろう。帰宅後に何らかのフォローをしなくてはならないことを考えると、気が重かった。
土方からすれば、別に今日のイベントを楽しみにしていたわけではないが、楽しみにしていたは連れ出してやりたかった。いつもなかなか構ってやれず寂しい思いをさせている自覚はある。せっかくの休日にの希望を叶えてやりたいという気持ちは持っていた。
今日の外出が流れたのは、のせいでもなければ土方のせいでもない。
爆破を予告した犯人のせいだ。
職務上のみならず私情も含めて、犯人に対する怒りが込み上げてくる。
どういう意図があってこんなことをするのか知らないが、迷惑な野郎だ。悪戯感覚でこんなことをされては、たまったものではない。
そう考えれば、やはり幼少時の躾は大事なのかもしれない。
やっていいことと悪いことは、子どもの頃から周囲の大人が教えてやるべきだ。
それが、子どもに対する愛情なのだ。大人になってしまうと、注意してくれる人などそうそういなくなるのだから。
またも、の顔が頭をよぎった。その時だった。
『副長! 応答願います! イベントホールにて小火発生!』
手元の無線から、隊士の緊迫した声がした。
「何ィ!? すぐ向かう!」
土方は隊士全員に一斉通信で呼びかけ、それぞれに動きを指示する。
現場はイベントホール。が行きたがっていたインストアライブが行われている会場だ。
ステージ裏で小火が起こったとのことだが、爆破予告との関連性は、現時点では不明。
イベントの真っ最中で、観客も大勢いるとのことだ。
だいたいこんなときに、何故イベントは決行されているのか。どいつもこいつも、危機意識がなさすぎる。
チィ、と土方は舌打ちをした。
小さな騒ぎの隙に別の場所で爆発させる意図があることも考慮し、土方は適切に出動と待機の人員を割り振った。
一通りの指示を出し終えたところで、土方自身は一階のイベントホールに到着した。
すでに消火活動が行われており、煙と消火剤が辺り一帯にもうもうと立ち込めていた。ひとまず、現場の安全は守られたようだ。
ぐるりと周囲を見回したとき、逃げ惑う群衆の中にの姿を見つけ、目を見開く。
「っ……お前、ここで何してやがる!」
「と、トシっ……!?」
土方の怒声に怯んだが立ち止まった隙に、その体を正面から担ぎ上げて走り出す。
言ってやりたいことは数多あるが、まずはこの場からの脱出が最優先だ。
『副長聞こえますか! こちら一番隊! 被疑者確保しました! 同時に不発弾を確認! イベントホールステージ裏、小火現場です! 爆弾処理班を向かわせています!』
無線から聞こえてきた連絡に、土方の心拍数が上がる。
被疑者は爆弾を所持していた。火をつけたが、不発。その結果が、あの小火だったのだ。
ターゲットはステージ上のアーティストと、その観客だろう。
「トシ、ちょっと、苦し……」
を抱く腕に力がこもる。
今、がここで無事にいるのは、運が良かっただけだ。
怒りと安堵が入り混じった今の自分は、どんな表情をしているのだろうか。
自分の顔をに見せぬように、腕の中のをさらにきつく抱きしめた。
報告によると、被疑者は確保の後、逮捕された。所持していた爆弾は手製のもので、機動隊によって無事に処理された。
幸いなことに負傷者はゼロだったが、爆破予告があったにもかかわらず通常の営業を行っていた商業施設には批判の声が集まっていると、テレビが報道している。
同じ映像が三周したところで、土方はテレビを消した。リモコンを置き、目の前に正座させたに向き直る。
「どういうことだ。あァ?」
土方の声が地を這う。一歩前へ足を出すと、がびくりと体を震わせた。
正座のに頭の位置を合わせるようにしゃがむ。俯くの目には、不満の色が浮かんでいる。視線は合わないが、その顔を土方がギロリと睨みつける。
「留守番してろっつっただろうがァ!!」
屯所中に響き渡るほどの声で怒鳴り上げる。
見る間にの目に涙が溢れ、大きな粒がボトッと手の甲に落ちた。
「……ったく、お前は……」
腕をひっつかみ、を胡座の上に乗せる。は固く身を強張らせていた。仕置きは当然、覚悟していたのだろう。
着物を捲って尻を露出させ、バチン! と一発お見舞いする。
「あぁぅっ!」
は涙混じりに声を上げ、背中を跳ねさせた。それに構うことなく、続いて二発、三発と平手を尻に打ち込んでいく。
屯所にいるよう言っていたのに、言いつけを破り出かけたこと。
その点もさることながら、何より危険を冒したことが許せなかった。
それは土方が言いつけたからだとか、そういうことではなく、が生きていくために必要な判断だ。
ガキだガキだと言ってはいるが、はもう14歳なのだ。
できることならいつまでも、肌身離さず側に置いておきたいが、だって一人で出かけることもあるし、すべての行動を土方が見守るわけにもいかない。
そして年齢を重ねるほどに行動範囲は広がり、危険も増える。
それを思うからこそ、言いつけ云々にかかわらず、行きたくても諦めるという決断を自身にしてほしかったのだ。
彼女を行く末を案ずる気持ちが、土方に力を込めさせる。
バシンッ! バチィン!
「あぁぅっ、ぅうっ……ひぐっ」
全体が満遍なく赤くなってきた尻に、なおも平手を落とす。
痛みから逃れようと仰け反らせる背中を押さえつけ、さらにバチンと打った。
「いた、あいっ……ぅっくっ……」
「うるせェ。痛くしてんだ」
低い声で土方がそう言うと、は物を言わず泣くばかりになった。
仕置きなのだから、痛いのは当たり前だ。
土方も黙ったまま、ただ厳しく平手を落とし続ける。下手に口を開けば、また大声で怒鳴りつけてしまいそうだった。
今日のの行動には、命の危険があった。それを思い出すにつけ、沸々と怒りが膨れ上がってくる。
バチンッと強く叩くと、がわぁんと声を上げて泣き出した。
泣こうが喚こうが関係ない。今日はきつく叱ると決めている。
二度とするなという気持ちを込めて一際強かに打つと、の手が尻を庇った。
土方はこめかみに青筋を立てる。
尻の痛みに耐えかねて手を伸ばしてきたことは理解していた。
しかしそれでもなお、の見せた抵抗に対して頭に血が上るのを感じる。
黙ってその手を背中に縫い留め、バヂッ、ビシィッ、とより強い平手を与えた。
「うぅ、ああぁあんっ、わああぁぁん……!」
悲鳴とともに背中を震わせるの尻を、一定の間隔で休みなく打ち据える。
ビシッ、バチッ、と尻を打つ音と、の泣き声が、部屋の中を満たした。
「しばらく反省してろ」
わあわあ泣き喚くをそのままに、ピシャリと襖を閉める。
すぐにその場を離れたのは、自分自身が頭を冷やしたかったからでもあった。
土方はその後、隊士と報告会を終え、夕食前にの様子を見に行ったが、泣き疲れたようでその場で眠ってしまっていた。
を抱きかかえて寝室に運ぶ。寝るには早すぎる時間だ。腹を空かせたら目を覚ますかもしれない。しかし起きるのを待っていては、夕飯が片付かない。の取り分で握り飯を作り、枕元へ置いてやった。
眠るの頬に残る乾いた涙の痕を、親指でグシ、と拭う。
こんなに泣かせたのはいつ以来だろうか。
土方のライターで火遊びをした時か。土方の手を振り払って車の前に飛び出した時か。が今よりもっと幼かった日の記憶が呼び覚まされる。
仕置きをしたいくつもの思い出が、頭に浮かんでは消える。
そういえば今日は、謝らせることすらも忘れていた。あまりに頭に血が上っていたのかもしれない。
(……いや、これでいい)
何しろ、命の危険があったのだ。どれほど厳しく叱ったって、厳しすぎることはないはずだ。
土方は廊下に出て、月明かりに照らされたの顔をしばらく眺めてから、静かに襖を閉めた。
翌日になって朝食中、は一言も発しなかった。目が合っても無表情のまますぐに逸らしてしまう。
仕置き後に拗ねるのは珍しいことではない。いつものことだろうと、初めはどんと構えるつもりでいたのだが、こうして一晩明けても引きずることなどかつてなかったことを思うと、急激にの態度が気になり始めた。
昨夜は仕置きの後、ろくに話をしないまま寝てしまい、顔を合わせるのはそれ以来とはいえ、それにしたってよそよそしい。
これが思春期というやつなのか。
土方の胸に、わずかな戸惑いが生じる。
差し入れた握り飯は完食されていた。旨かったか、と聞くのもはばかられ、何の会話もないまま土方は自分の膳を下げた。
どうにも部屋に戻りづらく、煙草を吸うために縁側に出ると、銀髪の天パがひらひらと手を振っていた。
「よー。嬢ちゃんとは仲良くやってっか?」
万事屋だ。最悪の男が最悪のタイミングで現われやがった。
「んだてめェ、唐突に」
「怒りっぽい保護者持つとあの子も大変だねェって話だよ」
「…………」
土方はぐっと眉間に皺を寄せる。
普段なら軽く聞き流していただろう。しかし今の土方には、その言葉がチクチクと刺さる。
言い返さない土方に、銀時は何かを感じ取ったのだろうか。ふざけた表情を僅かに引き締め、ボリボリと後ろ頭を掻いた。
「まーしかし、効き目は確かにあったわ。そこに関しちゃ礼言うぜ」
「なんだ、結局手あげたのか。お前も人のこと言えねェじゃねーか」
「おめーみたいにヒステリーにはならねーよ」
「ヒステリーにゃなっちゃいねェ。俺はただ躾として……」
そこまで言い、言葉に詰まった。間を持たせるように煙草を口に運ぶ。
昨日の叱り方はどうだっただろうか。あれがヒステリーでなかったと、本当に言えるのか。
朝からに避けられている身では、自信を持てなかった。
頭ごなしに叱りすぎたのかもしれない。
昨日はに、言い訳の隙すら与えなかった。
そもそも何に怒っていたのか、説明もしていない。それはいつものことと言えばいつものことだ。
を叱るとき、土方が睨みを利かせると、はもう何を叱られるのか承知の顔でべそをかいている。
それは何が悪かったのかが理解している証拠だと思っていたのだが。
「オイどこ行くよ」
「灰皿忘れたんでな」
誤魔化しにしては芸がなかっただろうか。
しかしもうこれ以上会話をする気になれなかった。
***
トシが不自然に目を細めてこちらを見つめている。
気味が悪い。何かの罰ゲームだろうか。他に誰かいないか、きょろきょろとあたりを見回す。
思わず目を逸らして部屋に逃げ帰ったのは、トシが気持ち悪いからだけではない。後ろめたいものが私の中にあるからだ。
昨日は最悪の一日だった。
楽しみにしていたイベントはトシの都合で無しになるし、会場では爆破事件が起こるし、そのせいでトシにバレてお仕置きされるし、さんざんだ。
そして、挙句の果てにこれだ。
「はぁ~あ……」
部屋の惨状を見て、思わずため息が出る。
ぱっくりと切り裂かれた掛け軸。
犯人は私だ。
昨日のお仕置きの後、気が付けば部屋で寝かされていた。
誰かが置いてくれたおにぎりを食べたら力が溢れてきて、そうしたらイライラが抑えられなくって、衝動的にトシの刀を持ち出した。
刀に触ることは絶対的に禁止されている。
触る真似をしただけでものすごく怒られたことだってある。
でもむしゃくしゃした心は、あえて禁止されたことをやりたくなったのだ。
それを力のまま振り回したら、このザマだ。
掛け軸にスパッと切れ込みが入った瞬間に肝が冷えて、沸騰していた気持ちは急激に収まってしまった。
これが見つかれば大変なことになる。
「、天気がいいから散歩に……」
いきなり部屋の襖が開けられ、気持ち悪い笑顔のトシが現れた。
突然のピンチに、びくんと体が思い切り跳ねてから固まる。
笑顔を張り付けていたトシは、まず私を見て何かを察し、すぐ後ろの掛け軸に目を遣った。
それからたちまち眉間に皺が寄り、憤怒の表情を作る。
「この斬り口は……テメェ、刀に触りやがったな?」
鬼の副長という二つ名を思い出させる顔でキッと睨まれ、身が縮み上がる。
さっきまでの気を遣ったような態度はどこへ行ったのだろう。ずかずかと部屋に上がってきて、私の腕を掴み上げた。
有無を言わさず膝に引っ張られる。
着物を捲られ、下着がおろされるとき、昨日お仕置きされたお尻がわずかにヒリッとした。
ここをまた叩かれる……!
ひゅっと肩が竦むと同時にトシの平手が風を切る音が聞こえた。
バチンッ!
「あぁぅっ!」
跳ね上がる腰を強く押さえつけられ、さらにそこへ平手を落とされた。
昨日の痕が完全には治っていないお尻を、容赦なく連続で打たれる。
「や、だぁっ!」
トシは無言で掌を振り下ろし、重い平手がバチンバチンと高い音を響かせる。
「やぁ、だっ……あぁ!」
そのうち一発がお尻の真ん中にクリーンヒットして、ジワリと涙が滲みだした。
痛みに腰を逃がしてみても、トシの手はきっちり追いかけてきて同じところを狙って打ち据える。
「い、たぁい……ううっ……」
いつもトシは何も説明してくれなくて、圧倒的に言葉が足りない。
昨日もそうだ。
イベントだって一方的にダメだと言うだけで、私の気持ちなんて関係ないみたいだし、お仕置きの最中もその後も、満足に喋らない。
お尻を打つ掌からは、トシの怒りだけが伝わってくる。
昨日のことも今日のことも、何で怒られてるのかは理解できる。
私がいけないことをしたからだ。
だけど、それ以上のことは全然わからない。
何を考えていて、どう思っているのか。もっとちゃんと教えてよ。
「……何か言うことねェのか」
「っく、うっ……シっ……」
「なんだ、聞こえねェぞ」
本当に聞こえなかったらしく、トシの手が止まる。
お尻を叩く音がやんで、部屋がシーンと静まった。
私はしばらくしゃくり上げて、呼吸が落ち着くのを待ってから、ようやく口を開く。
「トシ、でしょっ……」
「あァ?」
「トシこそ、……言って、くんなきゃ、わかんないっ……」
そう言い放ったら、胸の中がズシンと重くなった。
その、よくわからない重いものをどうにかしようとするかのように、涙がボロボロとあふれ出す。
「うぅっ、うっ、……ああぁぁんっ、ああぁぁん……」
抑えきれない声が口から零れていく。
泣くばかりの私に、トシがチッと舌打ちをした。
急に脇から持ち上げられる。
一瞬だけ見えたトシの顔は、いつものように細く鋭かったような気がしたけれど、涙で霞んでいてはっきりとはわからなかった。
ばふっと顔に何かが当たって、ふわっとタバコの匂いがする。
肩と背中に伝わる温かさから、私は正面から抱きしめられていて、顔にぶつかったのはトシの胸だったのだと気付いた。
「ト、シ……」
「……お前が心配なんだよ、悪りィか」
反射的に引こうとした体を強引に抱き寄せられ、トシが続ける。
「危険な場所に連れて行きたくねェ。刀で怪我させたくねェ」
いつもの愛想の無い声でトシが語る。
身動きできないくらいにきつく、トシの腕の中に私は収められていた。
「こうやって叱んのも、尻ひっぱたくのも、お前が大事だからだ。わかったか」
耳元から聞こえてくる声と、トシの心臓の音で、自然と心が落ち着いてくる。
ずずっと鼻を啜りながらゆっくり頷くと、抱きしめた格好のまま「わかりゃいい」と頭を撫でてくれた。
「ごめん、なさい……」
自然に言葉がこぼれ出た。
するとトシはもっと強く強く私を抱きしめる。
トシの掌から、あたたかいものがいっぱい伝わってきて、まぶたを閉じるとまた涙が流れ落ちた。
「……お前こそ、朝から黙ったままでなんだってんだ、言いたいことがあるなら言やいいだろ」
私の頬の涙を親指で拭いながら、トシが少し気まずそうに言う。
言葉をかけたり抱きしめたり、ガラでもないことをして照れているのかもしれない。今思えば朝の妙な表情も、精一杯気を遣った笑顔のつもりだったのだろう。
ちょっと照れているのは私も同じだ。トシにこんなこと、してもらったことがない。だから私も、わざと憎まれ口をたたく。
「別に、トシが変な顔して気持ち悪かったから無視してただけ」
「なっテメ……悪戯隠してたから口きけなかったんだろが! 握り飯の礼くらい言いやがれ!」
「え、あれ、トシだったの?」
「たりめーだ。他に誰がいる」
「トシ以外のやさしいみんな」
「テメェな……」
トシが呆れ顔で笑いながら私の髪をくしゃりと撫でる。
私もつられてちょっと笑ってから、小さく口を開いた。
「ありがと。おいしかった」
言葉にするとやっぱりくすぐったくなってきて、たまらずトシの胸元に顔を埋めた。
<あとがき>
銀魂の小説も、というお声はずいぶんいただいていたのに、なかなか久しぶりになってすみません。
禁止された場所に勝手に行って叱られる、というネタは3年ほど前に思いついていたのですが、形にするまでえらく時間がかかってしまいました……。
せっかくなので二人の視点から二部構成にしました!
たまにはちゃんと言葉にしてもらいたいですよね!
銀さんの友情出演は私の趣味です。
23.05.07