食卓で団欒
土方夕飯は基本的に、トシと食べることになっている。
トシの仕事にもよるが、だいたい夜の7時ぐらいからだ。
その頃には私のお腹はぺこぺこで、毎日この時間が待ちきれない。
そんな楽しいはずの夕飯なのに、今日のおかずを見た途端、気持ちが沈んでしまう。
「人参、残すなよ」
トシも私の嫌いなものは知ってるので、先に釘をさされた。
野菜炒めに入っている人参が私は嫌いだ。
カレーとかになってしまえば大丈夫だけど、こんな風に人参の味がしっかりするものはダメなのだ。
表情を曇らせる私をよそに、トシは手を合わせて食事を始める。
私もそれに倣って手を合わせ、人参以外のものに手をつけた。
「……食べられないもん。アレルギーなの!」
「適当なこと言うな。前食っても死んでねェだろうが」
「死にそうになった!」
大声で主張する私を見もせずに、トシは魚をつつきながら言う。
「残さず食うって約束したんじゃねェのか?」
好き嫌いでは何度も怒られている。
そのせいでお尻も叩かれていて、今度から食べると言わされたこともあった。
「……そんなこと言ってない」
「いいから飯食え。こんな話してっとうまくねェだろ」
そんな話にしたのはトシなんだけど。
むくれながら、ご飯を一口頬張った。
「ちゃんと人参も食えよ」
人参をよけて取っていると、再びトシにたしなめられる。
「だから、食べられないんだって!」
「ゴチャゴチャ言うな」
「食べたくない!」
意思の強さを口調に乗せてはっきり言うと、トシは顔をしかめて言い放つ。
「もういい、だったら何も食うな」
頑固おやじみたいに、言い返しようがない一言をかましてきた。
まだほとんど食べてないのに。意地悪。
左手に持った白いご飯を見つめながら泣きそうになる。
「食いたくねェんだろ。茶碗置け」
私も意地になって、わざと音を立てるようにお茶碗を置く。
すると、期待した以上にけたたましく、ちゃぶ台の食器が鳴った。
何かが割れるとか、そういうことはなかったけれど、食卓にふさわしくない激しい音だった。
自分で出した音のはずなのに、私が一番驚いていた。
「おい」
トシが箸を置く。
「どういうつもりだコラ」
怒られる、と直感し心臓がドッキンドッキンと打つ。
トシは少し下がってちゃぶ台から離れ、胡坐の状態で私を見据えた。
「ケツ出せ」
その一言に、さらに心臓が脈打った。
トシは後ずさろうとする私の腕を掴んで、目をじっと見る。
その眼差しが怖くて、既に泣きそうになっている顔を伏せた。
抵抗する私を強引に引っ張り、トシは手早く服を剥く。
膝の上でお尻が丸出しにされた。
バシッ!
「いぅっ……!」
「ったく、てめェはケツ叩かれるまで言うことが聞けねェのか」
自分はこうしてすぐ怒るくせに、どうして私はちょっとむくれただけで怒られなきゃいけないの。
「んな茶碗の置き方しろって教えたか?」
荒っぽい男だらけの環境に住まわせているのを気にしているのか、私にだけは礼儀作法に小言が多い。
メシのときは正座しろとか、背筋を伸ばせとか、口うるさいったらない。
唇を噛んで、痛みと悔しさに耐える。
「やぁっ!」
休むことなく叩かれて、自分の声に涙が混じってくるのがわかった。
絶対もう赤くなってる。
何よ、自分だって。
自分だって……。
そう言おうとして、さっきのトシを思い出した。
考えてみると食事中のトシは怒鳴ったりしない。
食べ方も、上品とまでは言わないけど決して行儀悪くはない。
粗探しをしてやりたくても、突っ込むところが思い当たらなかった。
「うっ……く……」
私の手本になろうとしてたというんだろうか。
次第に、反省するしかないような気分になっていた。
見計らったかのようにトシが声をかけてきた。
「なんでこうして叩かれてるかわかってんのか?」
「人参……食べなかった……」
トシの服に顔を寄せたせいで、声がこもった。
「そんだけか?」
「……お茶碗で、音、立てた……」
「そりゃ良いことか?」
「悪いっ……」
「だろーが。くだらねェことで物に当たんな。わかったらさっさと謝れ」
「ごめんなさいぃ……っぅ……っく」
平手を受けながらトシの足をギュッと掴む。
「……よし」
途中だった夕飯を再開する。
泣いた直後に食べると、喉を通るごはんが変な感じだ。
「全部食えとは言わねェ。一口でいいから手つけろ」
既に食べ終えていたトシが、私を見つめる。
その視線を受けて、私は野菜炒めをじっと見た。
お皿に盛られた中から一番小さい人参のかけらを選んで、ちょびっとかじる。
「食えるじゃねェか」
「……やっぱり嫌い」
トシは私の頭を乱暴に撫でると、残りの人参を横からつまんで、すべてたいらげてくれた。
<あとがき>
好き嫌いネタはあんまり使いたくないとか言ってたんですが、もういい!(笑)
土方の教育理念って、そういうとこ昔気質なイメージありませんか?
でも一応、食べないというだけの理由でお仕置きにはしたくない……のです。私のために。
スパもあっさりめです。
食の時間は楽しくないとね!
13.06.15