ムチトアメ
土方また、遅くなってしまった……。
ほんと懲りないなぁと、自分でも思いながら夜道を歩く。
今日は門限から30分くらいしか遅れてないけど、つい最近同じことで怒られたばかりだから、これはまずい。
“次遅れたら中に入れねェからな”
トシの言葉が頭の中でリフレインする。
(鍵、閉められちゃってるかな……)
玄関前に到着したが、灯りはついていない。
引き戸に手をかけてみても、鍵がかかっていて開かない。
これだけで気が重くなった。
一応、窓やほかの出入り口も試してみたけどやっぱり開かなかった。
とぼとぼ玄関に戻ってきて、戸を叩く。
「ただいまぁ~…………」
一瞬無反応に思えた屯所内から足音が響く。
灯りはつけられたが、足音はそこで止まった。
「懲りねェ奴だな。次遅れたらどうするつった」
……それはさっき私がモノローグで言いました!
何と言われてたかしっかり覚えてるけど、こんな聞き方では答える気も起きない。
ごめんなさいって、もうしないから入れてって、そういえば済むことなのに。そうしようと思って帰ってくるのに。
トシがこう詰め寄ってくるから私だって意地を張りたくなる。
「聞いてんのかコラ」
トシの苛立った声さえムカついて、ついつい反抗的な態度をとりたくなる。
とにかく黙り込んでいると、パッと灯りが消された。
「もういい。一晩中そうしてろ」
脅すようにトシが言い捨てる。
「いいの?」
「あァ?」
私が言うと、トシは足を止めた。
「何かあったらトシの責任だからね。早く帰れって言うのはそういうことなんでしょ? なのに矛盾してるじゃん。バカじゃないの?」
脅せば謝るとでも考えてるんだろうか。
その子ども扱いが悔しくて強がりを並べ立てる。
「怒れば言うこときくと思ってんの? いっつも頭ごなしに……」
戸に向かって夢中でわめいていたが、一瞬で全身に緊張が走った。
「何ィ?」
開けられた戸の向こうに立つ、怒りのオーラをまとったトシを見て今頃気づく。
「もっぺん言ってみろ」
…………言わなくていいことを、言ってしまったと。
強く腕を引っ張られ、暗闇で足が絡まる中あわてて歩きながら靴を脱ぎ散らかす。
文句を言うことも抵抗することも忘れて、連れて行かれるままにずんずん奥へ進む。
扉一枚隔てていた油断はすごいもので、今こうしてトシを目の前にするととてもあんなこと言えそうにない。
すっかり萎縮してしまって、後悔というより軽いパニック状態だ。
例の処刑場、トシの部屋まで来ると乱暴に戸が閉められる。
その音さえも怖くて体がすくんだ。
「屁理屈ばっかこねやがって」
降ってくる低い声でさらに心臓が跳ね上がる。
トシはつかんでいる腕をたぐり寄せ、私を膝に腹這いにさせる。
嫌なのに、頭が回らなくて何も言えない。
「わかってんだろうなァ」
されるがままに下着をおろされて、むき出しになったお尻に強烈な平手が振り下ろされる。
バチンッ!
「ひっ…………」
「今日はマジで泣かすぞ」
そんな言葉よりもこの一発で十分わかる。
たった一回叩かれただけでじんじんと熱くなってきた。
強さはそのままでだんだんペースが上がる。
「まっ……待ってっ……ちゃんと、謝るっ……!」
謝らないと許してもらえない。
基本的なことをようやく思い出し、慌てて懇願した。
「待てねェな。謝りたきゃ勝手に謝れ」
トシの冷たい対応に絶望的になる。
これはもう謝っても……。
気持ちが萎えて口をつぐんでいると、トシが言った。
「無駄だとわかりゃ謝らねェってか。反省がない証拠だな」
「ちがっ…………」
どうしろっていうの!って叫びたくなったけど、その腹立たしさとは裏腹に涙がこみ上げてきた。
悔しいくらいに私はビビッてしまっていて、強気でいたいのにそんな余裕はまったくない。
「いたぁい……っ…いたぃっ……トシぃぃ……」
いつもどうやって許してもらってたっけ?
何が悪かったのか言って、反省したって伝えて……。
今日の私の何が悪いって何もかも悪かったような気がする。どう順序立てればいいかわからない。
ましてこんなに叩かれながらじゃ冷静になれるわけがない。
「まって、ってばぁ……っ……」
「待たねェよ。ずいぶん言いたい放題言ってくれるじゃねェか」
「そ……いうつもりじゃっ……っく、なくて……っ」
首を横に振って訴えるが、トシは依然としてお尻を打ち続ける。
「ごめんなさいっ……ごめんなさ……っく…うっ……」
いつもならここで手を止めてくれるのに、その様子がない。
そりゃあ、トシだってあんな口答えをされたら優しくしてやろうなんて思わないだろう。
痛いって感覚に邪魔されながらも、必死に考える。
「も、ほんとに遅くならないっ……屁理屈言わないっ……ひっく…ごめんなさい……」
結局、怒られて泣かされて。
こんなことになるなら、最初から謝ればよかったのに。
素直になれない自分にも腹が立って涙がボロボロこぼれた。
もう取り返しがつかなくて、許してもらえるまで謝ることしかできない。
今までにないくらい何度も何度もごめんなさいを言っては涙を拭う。
「あぅっ……!」
強く叩かれたあと、平手が止まった。
麻痺しかけていたお尻がじんわりと感覚を取り戻す。
「これだけ叩かれりゃわかっただろ」
服を戻して膝からおろされても、泣き止み方がわからなくなっていつまでもしゃくりあげていた。
いつもよりいっぱい叩かれたような気がして、まだなんとなく怖さが残っている。
トシがふと手をあげるので思わず目をつぶる。
でもその手は私の頭を軽くわしゃっと撫でた。
許した、ってことなんだろうか。
よく観察すると気まずそうにしているようにも見える。
目が合うとトシの方から逸らして、戸を少しだけ開けて部下を呼んだ。
「山崎イィィ! こいつにケーキ買って来い!」
奥から出てきた山崎さんが、何を言ってるんだという顔でやってくる。
「え、副長、こんな時間じゃケーキ屋閉まって……」
「いいから買って来いっつってんだろうがアァァ!!」
「そっ、そんな無茶苦茶な……」
舌打ちをして戸を閉めると、再び目が合う。
次は逸らされる前に話しかけた。
「トシ、もしかして……気遣ってる?」
「…………んなわけあるか」
「怒りすぎたって思ったんだ?」
「うるっせェなコルァ! 違うっつってんだよ!!」
照れ隠しのように大声で言い返すトシに思わず笑いが漏れる。
「ふふっ」
「あ、笑ったな、笑いやがったなテメェ! そういう口は鼻水拭いてからききやがれ!」
そう言ってトシからポケットティッシュが投げられた。
ムチのあとにアメだなんて。
ときどきこういうことされると、妙に甘く感じるのが不思議だよね。
<あとがき>
不器用なりにも優しさを見せてみる、の作戦でした。
門限ネタどこまで引っ張るのww
でもまだやります。きっとこれからも。
09.12.01