夏日

銀時



 銀時が土方を真似て「お仕置き」というものを実行した日からしばらく経つ。

 これまでよくに注意してきたことは、危機管理と体調管理。
 人のことを言えた生活をしていない銀時が叱るのはこんなものだ。
 それ以外のことで口論になることはあっても、どちらからともなく話しかけ自然に仲が戻っていた。
 しかしこの間は、たいした理由もなく怒るどころか手をあげてしまった。
 試行とはいえ理不尽だったかもしれない。
 普段咎められないことで突然「お仕置き」なんて言われ、は戸惑っただろう。
 その証拠に、このごろ口喧嘩の最中銀時が手を動かすたびビクッと反応するのだ。
 銀時は多少の罪悪感を感じていた。

 ……感じていたのだが。
 に異変が起こっている。
 自分から折れるようになったのだ。
 これはお仕置き前は絶対になかったこと。
 と銀時が口論になる原因、例えば帰りが遅いとか仕事の準備をしないとか、飯当番なのに作っていないとかそういうことがあると、銀時が声を掛けるだけで渋々わかったよ、と言うようになった。
 これまでならが激しく反論し、銀ちゃんこそあーだこーだと話をすり替えて怒り出すところだ。
 お仕置きされたことで変わったということは、少しは自覚があったらしい。
 ならばお仕置きは大成功なのではないか。
 うん、そうだ。アレは正解だったんだ、と銀時は自信を回復するためそう考えるようになった。
 その矢先のことである。

「お前また氷かじってんの?」
 は暑い室内でガリガリとかき氷器を回していた。
 お登勢が掃除をしていたら出てきたらしく、神楽が欲しいと言うので譲ってもらったのだ。
 それからというものはしょっちゅうかき氷を食べており、神楽よりも利用している。
3日ほど前に新しいシロップを買ってきたが、それもほとんど一人で使い切ってしまった。
 現在は味のない氷をシャクシャク掻きこんでいる。
「氷なくなっちまうだろうが」
「随時製氷中ですので」
 頬杖をついてぐったりしながらはかき氷をすくう。
「ったく、どんだけ食ったら気が済むんだよ。腹壊すぞ」
「これだけ暑けりゃおなか冷やすこともできないよ」
 机に突っ伏しながら言い返す。
 減らず口はいつも通りだが、体の調子は良くなさそうだ。
「つーかお前」
 銀時がの持っているスプーンを取り上げる。
「まともなメシ食ってないだろ」
 はようやく、ゆっくりと銀時に顔を向けた。睨むような、無気力な、その両方が合わさった目で見上げる。
「…………食欲ない」
 一言放って顔をそむける。
「今朝そうめん作ってやったろ、アレどうした」
「……神楽にあげた」
 銀時はガクッとうなだれる。
「せっかくの銀さんの厚意をてめーは……」
「こんな暑い部屋じゃ食べられない」
 ふてぶてしい態度に銀時のこめかみがピキッと動く。
「あのなー、メシだけはちゃんと食えって言ってるでしょーが」
 の返事はない。無視を決め込んでいる。
 銀時の目元が更にピキッと動き、突然の腰を引っ掴んだ。
「んあーっ!」
 は驚いたものの、キレのない悲鳴をあげる。
 暑さとだるさのせいだろうか。
「……もうお母さん許しませんよ」
 そう言って膝の上に乗せ、右手を振り上げた。
「そんな子にはお仕置きです」
「誰がお母さ……、いったぁっ!」
 パシンッ、と小気味良い音が鳴る。
 服の上からとはいえ、そのぶん力が込められた平手にが叫んだ。
 同じ調子で続けて叩かれ、先日の出来事が思い出される。
 は急に恥ずかしくなって、そして少し怖くなって、銀時の顔色を窺おうと振り返った。
 目が合うと銀時は手を止め、口調を戻して話し出す。
「おめーな、完全に夏バテだろ。痩せたんじゃねーの?」
 表情からいつもの銀時とそう変わっていないことを悟ったは、安堵の息を漏らす。
「そりゃどーも。お褒めにあずかり光栄ですわ」
「褒めてねェっつの。もうちょっと栄養つけろ」
「楽してダイエットできてるんだから最高じゃない」
「何がダイエットだ、肝心なとこからしぼんでるだろうが」
「はぁ? 失礼な。何、これ以上美しくなっちゃ駄目?いたっ…!」
「調子乗んな。お仕置き中ですよちゃん?」
 再びパシンッと音を鳴らしてお尻を打ち始める。

 は怖がってはいなかった。
 同じ『お仕置き』でも、この前のようなわけのわからない不安とは違うようだ。
 とはいえお尻の痛みは本物で、我慢しても生理的に涙が出そうになっている。
 ちょっと目が潤んできたころ、銀時は最後にスパーンッと強く叩いた。
「いっ……」
 銀時がの体を起こす。
「…………ファミレス、行くか」
「…………?」
 銀時が立ち上がるのを見ながら、展開についていけないはお尻をさする。
「あそこなら涼しくてうまいもん食えるだろ。新八と神楽が定春の散歩から帰ってきたら出るぞ」
「……お金、あるの?」
「んなもん心配すんな。たまにゃいいんだよ」
 の表情がみるみる明るくなる。
 銀時の背中に勢いよく飛びついた。
「だああぁーっっ! 暑いのにくっつくんじゃねェ!!」
「ねぇ、ステーキでもいい?」
「おーおー、ステーキでも何でも頼め」
「神楽も真似するかもよ?おかわり付きで」
「……あー、もう今日は好きにしろ」
「やった! じゃあデザートもねー、ふふっ!」
 お仕置きというよりも、一種のコミュニケーションのよう。
 先日の一件から離れていたと銀時の距離が縮まった。
 夏だからこそ、おいしいもの食べなくちゃ、ね。




<あとがき>
 今回、意図的にぬるいお仕置きです。
 いい話チック。一般のSSのようだ。

 お仕置きらしくないお仕置きで油断させておいて……おほほほほ。
 先に次の話を書いてしまったので、つなぎ的要素も含めこんな感じになりました。
 たまにはこういうのも。


09.08.10