英語3点~幸村の場合~

幸村精市

デフォルト名:寺本 美緒



 英語、3点。
 ギャグ漫画のようなテストの結果に、は青ざめるしかない。

「あ~あ、こりゃ怒られるのう」
 突然の背後からの声には体をびくつかせ、慌てて右上の数字を隠す。
「にっ……仁王!!」
 一番見られてはいけない人物に見られてしまった。
 部室なんかで開くんじゃなかった。
 何度見たって点数は変わらないというのに。
 今さら後悔しても遅い。
「言わないでっ……精市には言わないで! 絶対言っちゃダメだよ!!」
 に残された手段は、ほぼ保護者化している幸村精市への告げ口を阻止することだった。
「さぁのう。そんな頼み方じゃどうするかわからんぜよ」
 仁王はニヤニヤと笑ってわざと意地悪を言う。
 これがブン太だったら食べ物で釣れたのに……!
 はそう思って下唇を噛んだが、目の前にいるのは仁王なのだから仕方ない。
「…っ……仁王……お願いだからぁ……ね、お願い、精市にだけは言わないで……」
 が涙ぐんで懇願する。
 あまりに必死な様子が面白くて可愛くて、仁王が軽く笑う。
(…ま、最初から言う気なんてないんじゃけどな)
「しょうがないのう。そんな顔でお願いされたら聞かんわけにいかんな」
(…………どうせ幸村にはバレるじゃろうし)
 そのことに気付いていないのは当の本人だけであった。

 部活後、コート脇に集まってミーティングをしたあと幸村が不意に言った。
「さて、
 の心臓が跳ねあがる。
 動揺のあまり、持っているボールペンを落とした。
 こういうのを“わかりやすい”というのだ、と仁王は思った。
「俺に何か隠してるよね」
 疑問形ですらなかった。
 さっきはカマをかけたのだとしても、あの反応を見ればやましいことがあるのだろうと誰でも予想できる。
 ましてや幸村なら、である。
「ジャッカル」
 突然指名されてたじろぐジャッカルに、幸村はの方を見たまま質問する。
「今日は答案の返却あったかい?」
 とジャッカルは同じクラスだ。
 ジャッカルに聞いているのだとわかっていても、は自分に尋ねられているように思えて更にうろたえる。
「あ、あぁ……英語のテストが……」
「そうか」
 幸村はジャッカルの返事を聞いてゆっくり瞬きをし、あらためてを見据える。

 は思わず仁王を見る。
(まさか、言った!?)
 だが仁王は、俺は言っとらんぜよという顔で薄く笑みをたたえている。
 この状況を楽しめる神経がわからない。
 赤也をすがるような目で見てみても、いやぁ無理っす、と言わんばかりの苦笑いで手を振られた。
 他の者にも助けを求めて目線を送るが、みんな気まずそうに目を逸らす。
 この薄情者……!とが歯ぎしりをした。
(真田っ、こらっ、助けろ! どこ見てんだこっち向けーっ!!)
 真顔でどこかを睨んでいる真田にいくらアイコンタクトを送っても、全く目が合わない。
 しかし真田でも、幸村のやることに口を出すとは考えにくい。
 幸村はを見つめたまま、部員に向けて言う。
「みんな、先に着替えていいよ。手早くね」
「……よ、よし、これにて解散!」
 真田の声により、部員がバラバラと部室へ向かう。
 心なしか、普段よりも動きが速い。


「……っ…………」
 その様子を見て気を紛らわせていたを、幸村の声が向き直させる。
、ここにおいで」
 幸村は自分の1メートルくらい前の地面を指差した。
 ここで近寄ってしまえばもう逃げられないということは明白なのに、習慣というものはおそろしい。
 おいでと言われれば体が動くようになっている。
「なぁ、この前の約束を言ってごらん」
 幸村は立ったままを凝視する。

 もう一度名前を呼ばれ、はおずおずと口を開く。
「……今度赤点取ったら、…………お仕置きする」
「そうだよね」
 忘れてくれていたらよかったのに。
 日が暮れつつあるコートにできた影に、が視線を落とした。
「それで、のテストは?」
 の喉元がぐっと引き締まる。
「見せられない点数なのかい?」
 が更に視線を落とす。
 同じ赤点でも、23点と3点じゃえらい違いだ。
 見せなくて済むものなら見せたくない。
 だが、幸村がそれで納得するはずがない。
はこんなに素直になれない悪い子だったかなぁ」
「い、いや……」
 幸村が手を差し出す。
 さっさと見せろということだ。
 このまま渋っていても幸村の機嫌が悪くなるだけである。
 はやむなく鞄を探る。
 二つに折った解答用紙を取り出し、幸村に手渡した。
 受け取ったテストを開いて点数を見た瞬間、幸村が溜息まじりに言った。
「早くみんなを帰らせないとね」

 誰もいなくなった部室で、幸村との二人だけが残っていた。
 幸村は内側から鍵をかけると、ジャージのままゆっくりとベンチに腰掛ける。
 そして一息ついて、の方を見やった。
「おいで、
 本日二回目のこの言葉に、の体がこわばる。
 もうお仕置きは決定事項なのだ。
 いくら嫌だと訴えてみても逃げられはしないだろう。
 しかし、お仕置きを大人しく受けにいくのはなかなか勇気がいることだ。
 足を前に出そうとするのだが、わずか半歩、いや四分の一歩踏み出したところで止まってしまう。

 幸村は自分の膝にポンポンと手を置き、を呼ぶ。
 その眼光を受け、お仕置きよりも目の前の幸村への恐怖が一瞬勝ったのか、はゆっくりと幸村のもとへと歩みを進める。
 実際はそのお仕置きをするのも、幸村なのであるが。
 幸村は自分の右側に来るまでを見届けると、の手を取って、膝の上に横たわらせる。
 いつものように下着までおろすのではなくスカートを捲るにとどめたのは、鍵をかけたとはいえ部室という公共の場所ということへの配慮だろう。
 右手が上げられる空気の流動を感じ、はぎゅっと目をつぶって幸村のジャージを掴む。

 パシンッ!
「…っ……!」
 みっともない声を上げないよう、奥歯に力を入れた。
「勉強はしてたの?」
 幸村は左右交互に叩きながら、に問いかける。
「……っ…………」
 パシンッ!
「してたの?」
 答えないに、僅かに語気が強まった。
 勉強していて、あんな点数になるはずがない。
 他の教科に追われて、英語まで手が回らなかったのだ。
 そうはいっても、の算段ではもう少し点が取れると思っていた。
 しかし今回のテストはこれまでと形式が変わり、期待した問題が出なかった。
 ほとんどが記述式で、当てずっぽうに記号を並べるような作戦もとれない。
 結果、勉強不足が浮き彫りとなった。
 もちろん幸村も同じテストを受けているので、そのことはわかっているのだろう。
「…………して、な、あぅっ」
 バシンッ!
 答えるが早いか、平手が振り下ろされる。
「じゃあ、怒られて当然だよね」
「ひっ……!」
 お尻の真ん中を打ち据えられ、の体が跳ねた。
「いたぁ……ぁうぅっ……」
 横目で幸村を見上げるが、浮かんだ涙のせいでよく見えない。
 それでも構わず叩かれ、反射的に瞑った目から粒となってこぼれ落ちた。
「ひぁっ……あっ……ぅ、……うぅっ……」
 狭い部室の中に、乾いた音との声だけが響く。
 が身をよじったことで捲っていたスカートが落ちたが、幸村は無言で再び捲り上げ、動いた罰だと言わんばかりの強い一打を食らわせた。
「あぁっ!」
が叫ぶように声を上げるが、幸村はもう一度同じところを叩く。
 バシィンッ!
「ひあぁっ!……っ……ぅああぁぁんっ、うぅぅ……」
 続けざまの強打に、これまで堪えていた涙が流れ出す。
「精市っ……、ごめ、なさ……」
 がかすれたような声で振り絞る。
 だが、幸村は冷淡に問いかけてきた。
「何に対するごめんなさいなの?」
「……っくぅ…………」
 とにかく謝りさえすればいいと思っていたは、何も言えなくなる。
「俺は迷惑してないしね。成績が下がっても、が困るだけだろう?」
 そんな正論を言われれば余計のことである。
 幸村が腰掛けているベンチに、ボロボロと涙が落ちた。
「……っく、精市ぃ……ひっく……」
「肝心のがどうして努力しないの?」
「次から、ちゃんとっ……、勉強する…ぅ……」
「俺にお仕置きされるから?」
 わざとそう言う幸村に、がかぶりを振る。
「自分のため、に、やるからぁっ……だから、も……ごめっなさいっ……!」
 幸村は自分のジャージを掴む手を震わせながらしゃくり上げるを見て、一瞬考えるように手を止める。
「そう、わかった」
 そう言って最後に3発打った。
 をあっさり立たせると、幸村も立ち上がる。

 服の擦れによる痛みに顔を歪めるをよそに、ロッカーを開けて制服に着替え始めた。
 その間に泣きやめということだろうか。
 いつもなら、頭を撫でてくれたり、落ち着くまで背中をさすってくれたりしてくれるのに、とは少し不安になった。
 さすがに3点はひどかっただろうか。
 の目からまた涙が流れる。
 拭っても拭っても止まらない。
 制服姿になった幸村が、泣きやまないを見て苦笑し、優しく頭を撫でる。
「まだ泣いてるの?」
「だってっ……」
 が声を詰まらせる。
「だって、精市が、呆れてるかなってっ……」
「言っただろ、俺が迷惑することじゃないんだから。が反省したならいいんだよ」
 そう諭されてもの表情は明るくならない。
 指で目元を擦りながらが呟く。
「……いつももっと、頭撫でたり……っ、してくれるのに……」
 幸村は、あぁ、という顔をして目を細めた。
「それで泣いてたのか。遅くなっちゃったから、早く着替えて出ないといけないだろ?」
 しょうがないなぁ、と言いつつも嬉しそうに、正面からぎゅっとを抱きしめる。
「次は一緒に勉強しようね、
 幸村はそう言って、の頭を包み込んだ。




<あとがき>
 高校の数学でですが、ガチで3点を取ったことがある私です。マンガか。
 しかも、隣の男の子は100点でした。マンガか。
 でも比較的平均点が低いテストだったので全員追試になって、一問だけ変えて他は全く同じの出すから覚えてこいと言われ、丸暗記でどうにかなったんだったと思います。
(もしかしたらその3点も情けでつけてくれてたのかもしれない)

 他の教科の成績は悪くない方だったのですが、数学は頑張っても30点台とかで、そういうこともあるよ幸村くん!
 と言いたいところですが、テスト勉強は確かにしてなかったので黙っておきます。

 このテスト話、もしかしたらシリーズ化するかもしれません。
 そのためこんな感じのタイトルになりました。
 テストの点ネタはスパの王道だと思うので、いろんな人で書いてみたいです。
 まぁ、言ってることはだいたい同じになるんですけどね!


12.09.16