合宿中日
幸村精市デフォルト名:寺本 美緒
今年も、合宿の季節がやってきた。
例年通り5泊6日、テニス漬けの毎日だ。
立海男子テニス部はマネージャーも含め全員参加で、この合宿に臨んでいた。
朝食前のランニングに始まり、日中はコートで打ち合い、夜は筋トレにストレッチと、通常の倍以上のメニューをこなす。
部員にとっては相当ハードである。
一日のほとんどが練習なので、マネージャーの稼働時間は短い。
部員が外に出ている間は、宿題をしたり喋ったり、各々暇つぶしをしていた。
そういうわけでマネージャーたちは、次第に気が緩んでくるのであった。
中でもは顕著だった。
いつも目を光らせている幸村が、ここでは別行動になることが多い。
はじめは幸村が見ていないからちょっとくらい、という程度だったのだが、買い食いをしたり携帯ゲームをしたりと、2日目を終えるころにはすっかりくつろいでいた。
の自由な行動に、幸村が気付かないわけではない。
だが、部長が不機嫌になると部員達に緊張が走る。
それがわかっていた幸村は皆が気分よく終われるよう、少なからず気を配っていた。
もマネージャーとしての仕事はきちんとこなしていたので、ある程度は目を瞑ることにしたのだ。
「また欠伸して」
夜のミーティング後、部屋に戻ろうとするに幸村が声をかける。
「昨日遅くまで喋ってたんだろう。見回りの先生が言ってたよ」
「いいでしょ、マネージャー会議だもん」
「都合よく言わない。今夜は早く寝るんだよ」
「はいはい」
聞く気がないなと思いつつも、マネージャー同士で親睦を深めるのも悪いことではない。
それ以上は言及せず、幸村も自身の部屋へ戻っていった。
3日目の朝、幸村はミーティング後にマネージャーを集めた。
自由時間を好きに過ごすのは構わないが、部員達が疲れて戻ってきた時はしっかりサポートをしてほしいという話だ。
合宿中盤にこうして釘をさすのは毎回のことで、これによって雰囲気が再び引き締まる。
そんな中、舟を漕いでいるが幸村の視界に入った。
隣の女子がその視線に気付き、慌ててを起こしている。
「……それじゃあ、今日もよろしく」
寝ぼけ眼のをそのままに、幸村は話を切り上げた。
「、昨日ちゃんと寝るように言っただろう?」
朝食を終えて自分の食器を片付けるため席を立ったに、幸村が話しかける。
「せ、精市っ……」
の後ろに立つと、彼女は持っている食器を体で隠した。
皿の中を見ると、の苦手な椎茸が底にへばり付いていた。
「、また残したの?」
ため息交じりで言うと、の表情が曇る。
「好き嫌いしないって約束しただろう」
「だって……」
「だってじゃない。合宿所だからってわがまま言ってると俺も黙ってないよ?」
その台詞に、が閉口したときだった。
「幸村部長ー! ちょっといいですか?」
にとってはタイミング良く、幸村が呼ばれた。
二人が声の方を見ると、二年生が今日の対戦表を見ながら手を上げている。
距離があったため、会話の様子がわからなかったらしい。
幸村はを一瞥し「次に残したら許さないからね」と言って後輩の元へ歩いて行った。
幸村の後ろ姿を見ながら、は胸を撫で下ろす。
夜更かし、居眠りもまずいが、今の食べ残しは危なかった。
食べないだけでも怒られるのに、幸村に隠して処分しようとしていたのだ。
普段なら即行で膝の上に乗せられてもおかしくない。
そこでは勘付く。
幸村は合宿中、あまりを叱りたくないらしい。
この環境、部員全員が一つの宿に泊まっている状況では、さすがに周囲の目を気にしないわけにもいかない。
も叱られるところなんて見られたくはないが、それは幸村にとっても同じなのだろう。
万が一目撃されたとして、が庇われる可能性は高い。
何にしても今のはラッキーだったと、は軽い足取りで食堂を出ようとした。
「先輩」
今度はが呼び止められた。
一年生の部員だ。練習中は彼らが使いっ走りにされるため、マネージャーよりよっぽど忙しく動いている。
「ボタン電池をひとつ欲しいんですが」
の顔がサッと青くなる。
電池を持ってきていない。
が予備を管理する役目だったのだが、今の今まで忘れたことにも気付かなかった。
「あ、あのっ、ちょ、ちょっと待ってて。あとでコートに持って行くから」
そう言って一年生を追い返し、慌ただしく食堂を後にした。
急いで売店まで走ったが、合宿所内の売店ではボタン電池を取り扱っていなかった。
「麓まで下りればコンビニがあるんだけどねぇ」
売店の中年店員がそう呟いたのを聞いて、はその場所を思い出す。
バスで来る途中に、近くで看板を見かけていた。
コンビニだったら置いてあるかもしれない。
確証はなかったが、動き出さずにはいられなかった。
「がいない?」
幸村はスコアを書く手を止め、丸井へ向き直った。
「あぁ。を探してる一年がいたから、幸村くんなら知ってるかと思って」
「あっ、それ俺も聞かれました!」
近くにいた切原も反応を示す。
「赤也、それはいつの話だい?」
「2時間くらい前っスかね」
食堂で別れてから間もない時間だ。
不安に駆られた幸村は、を探しに宿舎へと向かった。
幸村が宿舎に入ろうとしたとき、ちょうど出てきたばかりのと鉢合わせた。
「せ、いいち……」
目が合うなり、が固まる。
早々にと遭遇できて幸村は安堵の息をついた。
しかしホッとした途端に、今度は苛立ちがこみ上げてくる。
「どこ行くの?」
声のトーンが低くなったのは幸村の意図ではなかったが、には十分なプレッシャーとなった。
「ちょっと、コートに……」
明らかな動揺を見せながら、は背中を向けて歩き出す。
「そう。俺もついて行くよ」
「こ、来なくていいって! 中に用事があるんじゃないの?」
「いいんだよ、を探してたんだから」
すると例の一年生部員が、を呼びながら走ってきた。
「先輩、やっと見つけましたよ!ずっと待ってたんですよ」
「あ、うん……はい、これね」
持っていたボタン電池をが渡すと彼は、ありがとうございます、と忙しく走って行った。
「いないと思ったらそれを取りに行ってたんだ」
は顔を背け、やり場を失った右手を後ろに回す。
「……うん、そうだよ」
「2時間もかけてかい?」
地面を見つめるの表情が強張った。
隠し事をしているのが見て取れる。
「どういうことか、俺の部屋で説明してくれるかな」
睨む幸村に、が逆らえるはずもなかった。
宿泊部屋の一番奥、幸村・真田・柳の3人が使っている部屋へ二人が入室した。
「突然いなくなったら心配するだろ」
幸村は自分が使用しているベッドに腰掛け、足と腕を組んだ。
座れそうな場所はいくつかあったが、はドアの前で立ち尽くしたままだ。
「それで、電池を取りに行くだけでどうして2時間もかかったのかな」
は観念した様子で、ポツリと打ち明けた。
「電池……忘れたの」
「忘れたって、さっき持ってただろ?」
「……山の下の、コンビニで買った」
「えっ?」
幸村の言葉が止まる。
いくら自由時間と言えど、合宿所から出ることは許されていない。
目の届かないところで行動する者がいると、怪我や事故のときに対応が遅れてしまうためだ。
無事に戻ってきたから良いものの、万が一のことがあったらと思うと。
肝が冷える気持ちから、沸々と湧きあがる怒りへと変わる。
そして幸村は、目を閉じて額のあたりを左手で抱えた。
「外出したんだ、無断で」
せいぜい、宿舎のどこかでサボっていたのだろうと幸村は考えていた。
ここまで気持ちが緩んでいたなんて、と呆れる思いが溜息となって表れる。
「ここへ何しに来てるんだい」
「が、合宿……」
問い詰めるような口調で責めると、はそれだけの返事を振り絞るように出した。
「そうだろう。怒られないなら何やってもいいと思ってるの?」
いつもならもっと早い段階でお仕置きしているところだ。
それを「駄目だぞ」くらいに注意したって、にとっては蛙のつらに水である。
加えてこの環境、まさかここでお仕置きにはなるまいという根拠のない安心感から、はすっかり気を抜いていた。
それは幸村の気遣いと我慢によるものだったのだが、少々羽目を外し過ぎだ。
とうとう幸村が決断する。
「調子に乗りすぎだよ」
の体が跳ねた。
「ここでは怒られないと思ってるんだろう」
「もう反省した、から……」
お仕置きを予感したのか、は様子をうかがうように顔を上げた。
その目は、じっと彼女を見ていた幸村の視線と合うことになった。
どぎまぎしているに、幸村がはっきりと告げる。
「おいで。お仕置きだ」
顔色を変えたが後ずさりしたが、逃げ出すより早く幸村が腕を掴んだ。
「いちいち注意されないと規律が守れないんだね?」
「やっ、精市っ……」
声こそ静かだが力づくで引き倒す幸村に、は身を震わせた。
幸村の膝でたちまち剥き出しになったお尻へ平手が飛ぶ。
「ひゃあっ!」
「ミーティング中に居眠りするってどういうことだい」
がうぅ、と唸る。
「俺、に何て言った? 早く寝るように、って言っただろ」
間隔は決して速くないが、追い込むように一つひとつを打ち据えていく。
「お仕置きしなくても、忠告を聞いてくれると思ってたんだけど」
「……っ…、くぅ……ぅ……」
は肩をよじらせながらも声を出さずに耐えていた。
ひとしきり叩いた後、幸村は一呼吸置いてからのお尻に手を当てた。
赤みを帯びた双方が共鳴するように疼いている。
一瞬は解放を期待したが、バッと幸村を見上げる。
「っ、まだ叩くの?」
「当たり前だろ、のしたことはこれだけじゃないよ」
の目元がぐっと潤む。
「今日も、相変わらず好き嫌いばかりして。俺が見てないといつもそうなの?」
顔を幸村に向けたまま、ぶんぶん首を横に振っている。
本当かどうかは怪しいところだ。
「毎回こうやってお仕置きされないといけないのかな」
スッと手を振り上げ、平手打ちを再開する。
「いやぁっ……もう好き嫌いしないっ……」
の上半身が預けられたベッドに無数の水滴が落ち、シーツに染みを作った。
「黙って捨てたの、今日が初めてじゃないだろう?」
の動きがピクッと止まる。
「図星みたいだね」
わざとバチンと音を立てて、懲らしめの一発を入れた。
「いっ、ったあぁっ……!」
弓なりに反らせている背中を押さえて、もう一発振り抜く。
「ああぁっ! もう捨てないっ……、残さないぃっ!」
今のでお尻がだいぶ色付いたが、まだ終わりにはできない。
仕切り直して、手をお尻に置く。
「電池の件も、忘れたものは仕方ないけど、きちんと報告しないと駄目だろう」
これまでのペースに戻し、右、左と打ち込んでいく。
「うぅっ……ひっく……」
「後輩に迷惑をかけるためにマネージャーを呼んでるんじゃないんだよ。彼はが持ってると思って声をかけたのに、何十分も待たせて、謝りもしないし」
幸村は言いながら、お尻の下の方を目がけて右手を振り下ろした。
「ああぁっ、もうわかったっ……わかったからぁっ……精市っ……!」
はなんとか終わらせてほしいようで、叫ぶように声を上げている。
しかし幸村は続ける。
「その上、無断で外出なんて言語道断だ。何かあってからじゃ遅いんだからね」
集団では誰か一人の行動が乱れるだけでも、そのだらけた空気が蔓延する。
それではせっかくの合宿も意味をなさない。
その最初の人物がだと言われては情けないし、かわいそうだ。
少々泣かせてでも、ここは入念に言い聞かせておく。
「は三年だろ。一、二年のマネージャーに教える立場じゃないか。そのが節度を守れなくてどうするんだい」
パシンッ! という音とともにの足が跳ね上がる。
「ああうぅっ! ……っ、うえぇぇんっ……せいい、ちぃ……っくぅ」
すっかり赤くなった部分を続けて叩くと、はしゃくり上げながら声を絞り出した。
「っく……、ごめ、なさいっ、ぃぅ……」
体全体をわななかせて言うを見て充分だと判断し、手を止めてやる。
「今後は甘やかさないから、残りの期間ちゃんとやるんだよ。いい?」
大きく頷くのを確認すると、を立たせた。
「がいないって聞いたときは心配したよ。心臓に悪いからやめてよね」
「心配、かけてっ……ごめんなさい……っぅ」
赤い目を擦りながら謝る姿に、少しはお仕置きの効果があったかな、と幸村が頬を緩めた。
翌朝、幸村は爽やかにミーティングを始めた。
やはりの行動が多少のストレスになっていたようだ。
あれが改善されれば、自分も気分よく進行できるし、部員たちの士気も高まることだろう。
幸村がそう思っていた矢先、不自然に揺れ動く頭が目に入る。
「起きて、部長見てるってば!」
昨日に続いて隣の女子が声を掛けているが、の耳には届いていないようだ。
「……じゃあ、今日も頑張ろう」
その言葉で場が解散すると、周囲の音で目を覚ましたばかりのの腕を引いた。
幸村たちは誰より早くミーティングルームを抜ける。
ずんずん歩く幸村に対し、ようやく覚醒してきたはついていくのに必死だ。
「ちょっ、ちょっと何するの!?」
「お仕置き」
目を見開いたは、途端に幸村の腕にすり寄って顔を見上げた。
「やっ……そんな、いいじゃん、ね? ちょっとくらい……」
「駄目」
「やぁだあぁぁぁ!!」
はこの日もまた、幸村の部屋で泣き声を響かせることになったのだった。
<あとがき>
ちかこ様にリクいただきました、『合宿等で始めは口で注意したり脅したりするだけで様子を見ていたけど全く言うことを聞かず調子にのるマネージャーを幸村が叱る』なお話でした。
年単位で随分前にいただいて……大変遅くなりました。
夜更かし・好き嫌い・無断外出といった内容もご提案いただいてたので、とてもイメージしやすかったです。ありがとうございました。
あんまりリクに沿えていなかったりして……。でも幸村で書けて楽しかったです。
そういや、こういう集団生活の時ってお風呂共同じゃなかったっけ?
修学旅行とかは記憶にあるけど、合宿とかはどうだったかな。忘れてしまいました。
ジロジロ見たりはしないでしょうが、お尻赤かったら目立っちゃいますよね。
私立校の彼らなので、部屋にシャワー付きの合宿所に行っていることを祈りましょうか。
14.09.10