My brother



「縁寿ー、時間あんのか?そろそろ起きねぇと遅刻するぜ」
「……今日は休むわ」
「はぁ?」
 体調が悪いわけではなかった。
 単純に、今日の小テストが憂鬱で。
 勉強しようと思って遅くまで起きていたけど、テレビにつられて結局進まなかった。
 早起きしようと思っていたのに、むしろ遅刻ギリギリ。
 今から勉強しても間に合わないし、何より眠い。
 幸い追試があるみたいだから、そっちで合格点を狙った方が賢明だと思う。
 風邪が流行る今の季節なら、休んだって何ら不思議はない。
 サボり決定、というわけだ。
「どうしたんだよ、具合わりーのか?」
 ……ちょっと悩む。
 本当のことを言うべきか、嘘をつくべきか。
 まぁ、広い意味で具合が悪くないわけではないのだけれど。
 しかし、お兄ちゃんは融通のきかない石頭じゃない。
 説明すればわかってくれる気もする。
「…………行きたくないの」
 ベッドに横になったまま、お兄ちゃんに背を向けて答える。
「なんだなんだ、嫌なことでもあったのかよ。ちょっかいかけてくる奴とかがいるのか?」
「ううん、違うわ。だから今日だけ、お願い」

 お兄ちゃんは少し考えたようだったが、やがて軽い溜息をついてつぶやいた。
「……理由次第だな」
 どっか、と私のベッドに腰掛けた。
 私は壁を向いているからわからないけど、多分こっちを見てる。
「何で今日だけ行きたくないんだ?」
「……小テストだからよ」
「なんだそりゃ、テストなんてしょっちゅうあるだろ」
「今日のはあんまり勉強してないの」
「……つーか、テストなら尚更行かなきゃまずいんじゃねぇのか」
「追試でがんばるから」
「……………………」
 お兄ちゃんは黙り込んだ。
 どういう方向に転ぶかわからなくて、脈拍が速くなる。
 すると、ガバッという音と共に、全身に冷気を感じた。
 ややあって、毛布を剥ぎ取られたことに気づく。
「……!? お兄ちゃん……?」
「ほー。オネショでもしてんのかと思ったら、そういうわけじゃねぇんだな。じゃあ、さっきの理由は本当ってわけか。疑って悪かったな」
 あらぬ疑惑をかけられたことに、顔がカッと熱くなる。
「あっ、当たり前でしょ!! 子どもじゃないんだから!!」
 お兄ちゃんが、ニヤリと笑う。
「そうだよな、子どもにゃズル休みでテスト勉強なんて高度なテクニック、思いつかねぇよな」
「…っ…………」
 なんだか、雲行きが怪しいような気がする。
「昨日、俺が寝たあと、いつまで起きてたんだ?」
「……2時、くらい」
「だろうな。テレビの音聞こえてたぜ。勉強するために起きてたんじゃないのか?」
「…………そうだけど」
「夢中になってたってか。それで勉強できなかったから休ませろっつーのは、ちょっと都合が良すぎると思わねぇか?」
「……だって………」
 思わず視線を逸らす。
 
 ……やっぱり仮病を使えばよかった。
 口をつぐんでいると、いきなり体が浮いた。
「ひゃっ……」
 お兄ちゃんは私の腰元を抱えて軽々と持ち上げると、ベッドに座りなおして自分の膝に腹這いにさせた。
「何するのっ、離して……」
 わけがわからずに見上げると、お兄ちゃんはまたニヤリと笑う。
「悪い子の縁寿には、優しい戦人お兄様がお尻ペンペンしてやるよ」
 パシッ!
「きゃっ!」
 言い終えると同時に、お尻に衝撃が走る。
「やだっ、こんなの、子どもじゃないって言って……」
「そうだな、子どもじゃないなら自分の行動に責任持たなきゃな? なに、せめてもの情けでケツ丸出しは勘弁してやるさ」
 パシッ! パシッ! パシッ!
「いやっ、あっ、やめっ……」
 言うなり、お兄ちゃんは立て続けに平手を振り下ろし始めた。
 突然の事態に頭が混乱する。
 とにかくこの状況が恥ずかしくって、膝の上から逃げようと身をよじった。
 しかし抵抗もむなしく、グッと腰を抱え直されてしまう。
「おいおい、暴れんなって」
 バシンッ!
「やっ……」
 警告のように強く打たれて初めて、ジンジンと迫りくるものに気づく。
 羞恥心が先立っていたが、ここへ来て少しずつ痛さを感じるようになっていた。
 考えてみればそうだ。
 お兄ちゃんは背が高いし、体格もいい。力だってきっとある。
 このまま叩かれ続けたら、とっても痛いんじゃないの……?
 そうやって思いを巡らせている最中も、お兄ちゃんの手は止まらない。
 一発一発の間隔が短くて痛みが引く暇がなく、むしろ回数に比例している。
 パシッ! パシッ! パシッ! パシッ!
「ひっ……やっ……やぁっ……あっ……」
 衝撃と同時に漏れる声が抑えられない。
 お尻を叩かれてるなんて恥ずかしくて堪らないのに、それよりも痛みが脳を支配する。
 いつまで続くの?
 どうやったら許してもらえる?
 早く、早く終わりにして!
 不安と恐怖と痛みで頭の中がぐちゃぐちゃになり、涙が滲む。
 叩かれるたびに出る声が嗚咽に変わった。
 パシッ! パシッ! パシッ!
「っぅ……っく……ひっく……」
 いったん溢れ出すと、もう涙は止まらない。
 
 見かねたお兄ちゃんが、叩きながらも静かに口を開いた。
「……なぁ縁寿。お前のやろうとしてることは、良いことだと思うか?」
「…っく……おも、わないっ……」
「そりゃ何でだ?」
「…………ひっく………自分、の、せいっ…だから……」
「そうか。…もう反省したな?」
「したっ…も、反省したからっ……」
「じゃあ、ごめんなさい、だろ」
「…っ……ご、めんなさ……ごめんなさいっ……」
 なんとか声を振り絞ると、お兄ちゃんの手がピタッと止まる。
「よしよし」
 泣きじゃくる私を膝に座らせ、頭をわしゃわしゃと撫でる。
 すっかりいつものお兄ちゃんで、この手がさっきまでお尻を叩いていたとは思えなかった。

 だんだん冷静さを取り戻してくると、この状況が気恥ずかしくなってくる。
 学校のズル休みなんかの理由で、兄に怒られて、お尻まで叩かれて、みっともなく泣いてしまうなんて……
 ……私のガラじゃない。
(こんなことなら、はじめから大人しく起きればよかったわ……)
 後悔しても遅いけれど、散々な目に遭ってサボり失敗とは。
 自分の愚行に少しうなだれる。
「んじゃ縁寿、学校に電話しとくぜ。適当に風邪でいいか?」
「……え?」
 耳を疑った。
「いいの……お兄ちゃん……?」
「ん、まぁ、さっきのは建前っつーか保護者としての意見っつーか……俺も気持ちはわかるしな。正直に言った勇気に感服だ。いいんじゃねぇの、一応反省したってことになってっから、いっひっひ」
 そう言って、また私の頭を乱暴に撫でた。
「ま、仮病でも使ってたら話は別だがな。そんときゃ生尻ビシバシ百叩きだったぜ?」
「……よかったわ、判断を誤らなくて」

 やっぱりお兄ちゃんはわからずやではなかったようで。
 優しい……だなんて言いたくないけど。
 こういうところはちょっとだけ好き、かもしれない。
 まだ痛むお尻を感じながら、あともう少し兄の胸に顔をうずめることにしよう。




<あとがき>
 うみねこより、未来捏造話でした。
 12年後縁寿は、あの環境だからひねくれたことになっているのだと思いますが、普通に育ってもおそらくあんまり変わらないのではないかなーと思ってます。

 意外と勉強が得意なタイプじゃないってとこに萌えます。


09.02.24