家庭内家庭教師
目の前に突き出される、17点の答案用紙。
「どうしてこんなことになったんだ?」
予想はしてたけど、やっぱり怖い。
数学が苦手なのはわかってたことだし、お兄ちゃんから勉強するように再三言われてきた。
その上での17点。ちょっとマズいと思った。
現在大学生のお兄ちゃんは、家庭教師のバイトをしている。
その経験を活かして私の勉強を見てくれていた。
私に高校数学を教えられるくらいだから、成績優秀なんだろうと思う。
流石に教え方は上手くて、解説してくれた問題はすんなり理解できた。
だけど、それで数学アレルギーが治れば苦労しない。
答えを聞いてわかるようになっても、それを解けるかどうかはまた別の話だよ。
数学ができない人なら頷いてくれるはずだ。
毎回そんな言い訳をしても、練習が足りないんだ、の一言でいつも片づけられる。
それは、そうかもしれないけどさ。
苦手教科の練習問題を解くのって、1問でもすごく疲れるんだから。
最初はやる気でも途中から、もういいかなって気持ちになるじゃん。
チラッとお兄ちゃんの様子をうかがってみた。
冷ややかな目で見下ろされている。たまらず視線をフローリングに戻した。
黙り続けるお兄ちゃんの威圧感に、私にしては珍しく素直な言葉が出る。
「……あの、ごめん……」
「理由を聞いてるんだよ、俺は」
突っぱねるような言葉が恐怖を増長させる。
謝っても駄目……?
「もう一度聞くよ。どうしてこの点数になった」
視界に入るお兄ちゃんの足が霞んできた。きっと涙目になっているのだろう。
「ちゃんと勉強、しなかったから……」
嫌味ったらしい尋問じゃなく、ぴくりとも表情を崩さないのが怖かった。
早く、早く許して欲しい。
お兄ちゃんが、長い溜息のあと口を開いた。
「……俺が言った問題、やらなかったんだ?」
「………うん…」
「授業は聞いてた?」
「聞いてた、けど……よくわかんなかった……」
「宿題は?」
「ちょっとだけやったけど……」
「写して出したんだ?」
「……………うん」
はぁ……と、再び溜息。
いつものようなお兄ちゃんになって、少しだけ安心した。
「これはちょっと酷いな……問題は試験範囲の通りだし、完全な勉強不足だね」
……だからそう言ってるじゃん。自分でもわかってるよ。
「このテストなら由佳でも半分は取れたよ。平均点は70点……ってとこか」
饒舌になったお兄ちゃんがだんだん疎ましくなってきていたところだった。
「せっかく出そうなところ教えてあげたのにね。由佳、言うことあるだろ?」
気が緩んでいたのだろうか。
謝罪を促すお兄ちゃんに、思わず反抗してしまった。
「もう、さっき謝ったじゃん……」
瞬間、再びお兄ちゃんが口を噤んだ。
先程と同じ緊張感が漂う。
この一言で予想以上に怒らせてしまったらしい。
ヤバい、と思った時には遅かった。
「……由佳」
名前を呼ばれただけで、恥ずかしいくらいビクッとしてしまった。
「こっちに来い」
ヤバい。マジでヤバい!
「…っ……やっ…だ……」
近寄るどころか後退りするが、お兄ちゃんが立ち上がった。
「お仕置きされないとごめんなさいが言えないんだろ?」
そう言いながら私の腕を引っ張る。
「やっ…やあっ……!」
たちまち膝の上に乗せられてしまった。
パシンッ!
「いっ…」
パシンッ!
「っ…………」
手始めに服の上からはたかれた。
「で、なんだっけ。答え写して出したって?」
……さっきは一度流したくせに!
話題にしたくないことを、よりにもよってこんなところで持ち出してくる。
お兄ちゃんの意地の悪さに、唇を噛んで横目で睨む。
するといつも呆れながらお仕置きをするお兄ちゃんが、真顔で私を見据えていた。
……やっぱり、怒ってる。
「渡した問題解かずにそんなことしてたんだ」
下着をスッとおろされ、お尻に手が当てられた。
経験から、無意識に体がこわばる。
「前に宿題写したときも、お仕置きしたよね」
自分の顔が赤くなるのがわかった。
確かめるようにわざわざ言わなくていい!
「俺が甘かったのかな。もっと厳しくしないといけないみたいだね」
そう言って振り上げられた手がお尻に飛んでくる。
パァン!パァン!
「…やぁっ…………」
パァン!
「も、もういいっ……」
「何が?」
パァン!
「もう、わかったっ……あぅっ!」
パァン!
「わかってないからまたやったんだろ?」
「…っ…………」
そんなことを言われては反論のしようがない。
お兄ちゃんは叩く手をやめずに続ける。
「ごめんなさいは?」
普段通りの言葉なのに今日は特に怖く感じるのは、謝っても許してもらえそうにないからだろうか。
「反省してないから言わない?」
言う隙も与えずに次の言葉で責め立てる。
「ち、ちが……」
「いつも由佳がなかなか謝らないのは悪いと思ってないからだったんだね。よくわかったよ」
逃げ場のない言い方。
こうされちゃ、私はどうしようもない。
「ちが、あぁっ……!」
「じゃあわかっててやったんだな。余計に悪い」
完全にお兄ちゃんのペースだ。
「…っくぅ……ぅああぁぁん……」
もう敵わないのはわかったから、お願い。
謝らなくちゃいけないところで謝らなかった私が悪いから許して。
いつの間にかすっかり泣かされていたが、それでもお兄ちゃんは手を緩めなかった。
行為を戒めるだけならここで謝る手助けをしてくれるのに、今回はお兄ちゃんも頭にきているということだろう。
「ごめんなさっ……いっ……っく…ごめんなさぁい…っ」
叩かれているのと泣いているので声が詰まる。
「ご、めんなさいぃ……っ……もうしないっ、もうしないからぁっ……」
お兄ちゃんはそれを聞いて、尚も平手を続けつつさっきまでより落ち着いた声で言う。
「何をもうしないんだ? 数学の問題の答えを写すことか?」
「……っ…………?」
まだ許された感じがしない。
お兄ちゃんは眉間をしかめて言った。
「そうじゃないだろ。自分が数学が苦手だと知っていながら、わからないところをそのままにして、満足な勉強もせずにテストに臨んだことがいけないって言ってるんだ」
お兄ちゃんは言いながら腹が立ってきたのか、少し平手が強くなったような気がした。
「できない問題じゃなかったんだから、由佳なら頑張れただろ」
……そう言ってくれるのは嬉しいけど。
言ってることの優しさと裏腹に、力がこもったお兄ちゃんの平手にお尻はもう限界で、私は泣きじゃくることしかできない。
「わかった?」
とめどなく流れる涙を手で拭いながら首をぶんぶん縦に振る。
すると、ようやくお兄ちゃんの手が止まった。
体を起こされてお兄ちゃんの膝にまたがる形になる。
まだ呼吸が整わない私の背中を優しく撫でてくれた。
「追試はあるのか?」
「……来週の金曜日」
「よし、もう一度教えてあげるから、100点取って先生見返してやりな」
無理だよ、と笑うと頭を小突かれた。
「やる前からあきらめない。満点目指せばきっと得点も上がるよ。お前ならできる」
「…………うん」
我が家の家庭教師は、とても頼もしいです。
<あとがき>
数学の宿題をいつも答え写して出してたのは私です。うん、多分、いいことではないけど出さないよりは……良い子は真似しない。
17点は数学じゃなくて日本史の模試でした。
ちょっとお仕置き受けてくる。
久しぶりにオリジナルを書きましたが、相変わらずな感じです。
兄妹ものは鉄板ですね。
2014.10.04