Sweet Home
「沙希ー、何やってるのー?」
「あ、うん、何でも……」
午後10時半。
帰るより早く門限が過ぎてしまった。
今日は高校の同窓会だ。
同棲してる遼(りょう)はもちろん了承してくれた。
「楽しんできなー。10時には帰ってくるんだよ」って。
私もそのつもりだった。
でも久しぶりに友達に会うとやっぱり盛り上がっちゃって、10時を過ぎても解散できなかった。
(そういえば……)
見ないようにしていた携帯電話を鞄の底から取り出す。
(げっ……!)
未読メール3通。
不在着信5件。
相手はすべて遼だ。
画面を見つめたまま呆然としていると、また携帯が鳴る。
ピッ
思わず通話ボタンを押してしまった。
おそるおそる耳に近づける。
「……もしもし…………」
『やっと出たぁ~、もしもしー俺だけど』
いつもの軽い調子で話す遼。
だけど私にはわかる。これは、怒ってるときの声だ。
『時計持って出たよね? ちょっと見てみ』
時間なんて知ってたけど、思わず腕時計に視線を落とす。
『今、何時?』
「……10時36分………」
『おーよかった、時計はちゃんと合ってる』
怒っているとわかっていながらも、優しい口調に騙されてしまう。
もしかしたら怒られないかも……という淡い期待が頭をよぎる。
しかし、遼はこう見えて結構甘くない。
『沙希ちゃんの門限は何時だっけ?』
普段は呼び捨てのくせに、わざとらしい。
やっぱり、お咎め無しとはいきそうにない。
「10時……」
『だよね。今どこ?』
「……………もうすぐ電車乗る」
ホントはまだ店の前。後ろの友達は次の行き先を決めているところだ。
『はは、沙希ちゃん、嘘はいけないよ~?』
「……っ…!」
バレた。
なんで!?
「嘘じゃないよ……」
『しらばっくれてもムダだって』
背景音とかで判断したんだろうか。
ただ吹っ掛けただけかもしれない。
『俺、こっちの駅まで来てるし』
「なっ……!?」
マジで!? この近くまで!?
『今から一人で帰んのは危ないだろー? 優しい遼くんが迎えにきてやったぜ』
「………………」
『だから、今の嘘はバレバレ』
動揺する私をよそに、……いや、それを知りつつひょうひょうと言い放つ遼。
『沙希ー、こういう時なんて言うんだっけ?』
あくまで明るいトーンの遼。
どれだけ怒っているかわからないのが怖い。
「………………」
『あ、迎えのお礼じゃないよ? もう一個の方』
……後ろで友達が待っている。
さっきから電話をしている私を気にしているみたいだ。
そんな注目された状態で、謝るなんてできない。
「……いいでしょ、もう。じゃあ駅行くから」
聞かれても恥ずかしくないような言葉を選んで、ぶっきらぼうに返す。
すると、聞こえてきたのは明るいながらも威圧感のある声だった。
『……ふーん、そう。帰ったらどうなるか、わかってるよね?』
ピッと、怖くなってそのまま切ってしまった。
今の発言はマズったかも……。
しかし後悔しても遅い。
「ごめん、私そろそろ帰るね!」
またね、と言ってみんなと別れる。
今日は楽しかった。
楽しかったけど……このあとのことを考えると、そうも言ってられない。
駅へ向かう足取りが、重い。
「おっ! おかえり」
駅の改札のところに遼はいた。
「……………」
目が合わせられない。
「"ただいま"もなし? さみしーなぁ」
遼は私の顔を少し覗き込んで、手を繋いだ。
華奢な体の割に大きな遼の手。
「………っ……」
思い出したくない記憶が瞬時によみがえり、体がこわばる。
「さ、早く帰ろ」
二人で電車に乗り込んで、このまま一生家に着かなければいいのにと私は思うのだった。
「沙希、ここ座って」
私の願いもむなしく、あっさり家まで帰ってきてしまった。
遼はソファに腰掛け、私に隣にくるように言う。
仕方なく、そこへ座る。
「どんだけ心配したと思う?」
「……………」
「帰って来ないし、電話出ないし」
遼の視線を感じるが、私はうつむいたまま言う。
「だって…久しぶりに会ったんだもん……」
「そりゃわかる。でも間に合わないなら連絡くれてもいいでしょ?」
………正論だ。
言い返せない。
「沙希」
おずおずと顔をあげる。
微笑んでいるような口元とは裏腹に、私を見る目が、笑っていない。
「膝、おいで」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「…っ………やだ…」
「やだじゃないの。約束守らない子はお仕置き。ね?」
「やだぁっ……」
首を横にぶんぶんと振る私に、遼はしょうがないなぁと言わんばかりに腕を伸ばす。
手を引っ張られないようにしようとしたが、体勢が崩れた瞬間に背中を押さえ込まれ、気付いたときには膝の上で腹這いになっていた。
「さぁて」
抵抗もむなしく、スカートがめくられ、下着もおろされる。
「始めよっか」
パンッ!
「ひゃっ・・・・・・」
パァン! バチン! バチン! パァン!
「やっ…あ……いっ…たぁ……」
声を荒げない分、手には力が入っている。
柔らかい口調からは想像もつかないような激しい平手を次々に浴びせられる。
「沙希はお尻叩かれないとごめんなさいできないんだもんね?」
「やっ…あっ……だっ、…てぇ……」
「だって、何?」
友達の前だったから、とは言いたくない。
自分でも理由にならないとわかっているからか、そんな子供じみたプライドを悟られるのは嫌だった。
まぁ、遼は全部お見通しの上で言ってるんだろうけど。
バチン!
「ひぅっ……」
繰り返し振り下ろされる手にだんだん耐えられなくなり、自然と体が動いてしまう。
身じろぎしているうちに下半身が遼の膝からずり落ちた。
「こーら、逃げないの」
少し手が止まって抱え直され、腰をがっちりと掴まれる。
「…も、やだぁ……」
出てくるのはもはや泣き声だ。
まばたきで目から粒状の涙がこぼれ落ちる。
「さっきからやだばっかりじゃん。ほかに言うこと、あるでしょ?」
「…………」
バチン!
「ぅあっ……」
「ほら、ごめんなさいは?」
こんなに余裕を見せられたら、私だけが必死になってるみたいでくやしい。
「………………」
だから謝らなくていい、なんて理屈は通用しないってわかってるけど。
バチン! パァン! バチン!
「ひぁっ……あっ……うっ…」
また連続の平手が再開された。
「もー、まだお仕置き足んない? 俺も結構、手ぇ痛いんだけど」
だったら終わりにしてくれればいいのに……
「あ、じゃーやめればって思ったでしょ。あのね、これは沙希が反省するまで続くんだからね」
言いながら、叩く手は緩む気配がない。
痛くて痛くて仕方ないところを叩かれ、その痛みが増幅する。
また更に叩かれ、またその上から……このまま続けられるのは地獄でしかない。
「ひっく……ぅっ……ごっ…めんなさっ……ごめんなさいっ……も、しないっ…」
やっとのことで謝るが、まだ手は止めてくれない。
「んー? 何をしない?」
「えとっ…あぅっ……えと、…っく……ちゃんとっ…早く帰るっ……」
「それから? 遅くなる時は?」
「っ……ちゃんと、…連絡するっ……」
「あーあと、怒られたくないからって嘘は?」
「…ぅっく……つかないっ……」
叩かれているのと泣いてるのとで途切れ途切れになったが、なんとか全部言い切った。
「はーい、おっけー」
バチィィン!
「ひあぁっ……!」
最後に、すっごく痛い一発を入れられた。
「…ぅっ……ぇっく……っ……」
「よしよし、もう終わり」
笑顔でなだめてくれたのは、境界はわかりにくいが怒っていない、いつもの遼だった。
「ねー、まだ拗ねてんの?」
「……べっつにー…………」
いつものことながら、冷静になるとさっきまで泣きじゃくっていた自分を想像して照れてしまう。
遼ともなかなか普段通りに接することが出来ない。
「まー確かに、俺は沙希が無事に帰ってきただけでよかったんだけどさ」
「…だったら……」
あんなに叩くことないじゃん、とか心の中でつぶやいてみる。
「でも次はなんか起こるかもしれないでしょ? だから、もう約束忘れないように痛くしといた」
「…………」
まぁ、心配してくれてるのはそりゃ……嬉しいけど。
「これだけ叩かれたら、おんなじことはできないよねー」
意地悪くにっこり笑う遼。
さっきまでの様子を思い出して恥ずかしくなり、そっぽを向く私。
「もー、拗ねないでってば」
「うるさーい、ほっといてー」
もうしばらく、このやり取りを楽しもうか。
<あとがき>
キーの沙希ちゃんは私の好きそうな感じのよく書くキーですが(笑)、カーの遼くんはちょっと珍しいタイプにしてみました。
コンセプトは、ちょっとチャラくてヤサいけど意地悪。
でも書いてる途中で一回キャラがブレて、あやうく天然系になるところでした。
ん、ちゃんと回避できてるかな?(笑)
他のカーが言わないようなことを言わせたくってね。
お仕置きのときも声のトーンとかはあんまり変わらないんですが、多分沙希にはわかるってことで。
というか、空気が変わるのかな?
あえて明るく喋る方が逆に怖いかも……とも思ってそうさせてみました。
そして、お仕置き後は遼の方が下手に出てあげる感じね。
さっぱりしてて、うだうだ怒らない。
なのに、沙希の方がずっと引っ張ってて、素直に甘えられないみたいな。
またこの二人でお話書きたいですね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
08.09.19