スープをおあがり

六道骸



「食べないんですか?」
 骸が、にやにやと私を見つめる。……目ざとい。
 スープの中に入ってるものを見て一瞬固まったのが気付かれたらしい。
「……なんで? 食べるよ?」
 何でもないという顔をして食事に手をつける。
 こんなことでおちょくられるのはごめんだ。
 横でクフフと笑ってるのは気にしないことにする。
 ……とはいえ、ここにあるメニューが変わるわけではない。
 それだけをよけて食べていても、かえってその存在が目立ってくる。
「クフフ、豆が嫌いなんですね」
「…………………………」
 バレた。もうやだ。
「……骸だって嫌いなものあるじゃん」
「僕が苦手なのは辛味であって、食材ではありませんから」
 そんな言い訳みたいなことを言いながらも、食事を終えた骸は頬杖をついて私の様子をじっと見ている。
「好き嫌いはいけませんよ?」
「うるさいなぁ、ほっといてよ」
「可愛いのためですから、放っておけませんね」
 ああ、うっとおしい。
 私の体なんだから、摂取するものまで干渉しないでいただきたい。
「あーん、ってしてあげましょうか」
「結構です」
 ムダムダ、食べないと決めたものは絶対食べないんだから!

「何されたって食べませんよーだ。ごちそうさま!」
 スープの底に溜まった豆を残し、食器を片付けるため立ち上がる。
 ……が、阻まれた。
 頭に手を置かれ、いや、押さえられたという方が正しいかもしれない。
 その手からは力よりもむしろ、立ち去らせない空気が伝わってきた。
「へぇ。ずいぶんと強気ですね。そんなに嫌いなんですか?」
 骸の目つきが変わった。
 少しだけ鋭くて、なんとなく怒っているようで、それに気づいた瞬間鼓動が速くなるのがわかった。
「食べ物を粗末にしてはいけないと、教わりませんでしたか?」
「……えと…………」
 なんだか、これは、いやな予感が……。
「それとも僕が、膝の上で教えてあげましょうか?」
 やっぱり!!
 どきん、と心臓が跳ねて、全力で逃げ出す。
「っ……、やだ! やだやだやだっ!!」
 テーブルの脚で膝を打ってしまったけど、そんなことは気にしていられない。
 だって、ここで何とか逃げ切らないともっともっと痛い思いをすることになるから。
「では、きちんと食べましょうか」
 骸は座ったまま、部屋の隅で背中を壁につけている私を見つめる。
「……それも………………やだ……」
 骸が立ち上がり、こっちへ向かってくる。
「わがままばかり言う悪い子は、どうしましょうか……」
 にっ、逃げなきゃ……。
 骸の左側を抜けようとしてダッと走り出す。が、腕を掴まれる。
 情けないほどあっさり捕まってしまった。
 振り切ろうとするが、骸に抱き寄せられる。
 いや、違う。
 体がふわっと浮いて重力を失う。腰のところで持ち上げられたのだ。
「ひいぃぃいっ、いやだあぁぁっ!」
 じたばたと身をよじっていると、ペシッとお尻を叩かれる。
「暴れない」
 その警告の一発は全然痛くなかったけど、想像していたことが一気に現実的になる。

 大声での訴えもむなしく骸は椅子に座り、私を膝の上にうつ伏せにおろす。
 すぐに転がり落ちてやろうと半身を起こすが、上半身をしっかりと押さえられ、ついでに足も挟み込まれてしまう。
「やだあぁ、やだあぁぁ……ひっ…やっ、やめ…」
 スカートをめくられ下着もおろされ、もうどうにもならないところまで来てしまった。
 絶望的になっている私に、骸が声をかける。
「もう一度だけチャンスをあげましょう」
 骸は確認するように私のお尻にぴたぴたと手を当てながら言った。
「食べますか? 
 さっきまでは、お尻を叩かれる恐怖で頭がいっぱいで、とにかく逃れたい一心だった。
 なのに、いざ機会を与えられると少し気が抜ける。
 叩かれるのはいやだけど……かといってあの豆を食べられるかと言えば……。
 緊張感が薄れたことが私を油断させたのだろう。
「…………食べられないもん……」
 バチンッ!
「ひやあぁっ!!」
 やっぱり食べるって言えばよかった!
 私のバカバカバカっ!
 容赦ない一発を浴びて早速後悔する。
 せっかく、せっかく叩かれずに済んだかもしれないのに……!
「わかりました。では、食べると言うまでお仕置きです」
 パァン! パァン! パァン!
 言うなり、骸は一定の間隔で左右交互に叩き始める。
「やあぁあっ、いやっ、痛い痛いーっ!!」
 こういうときの骸はどう抵抗しても絶対やめない。
 それはわかっているけど、終わらせるには好き嫌いせず食べると約束しなければならない。
 そんな、ちょっと骸が怖いからって食べられるものなら最初から残したりしないよ。
 このまま叩かれ続けるのはいや。
 でも、食べるのもいや。
 どっちもすごくいやなんだから、選ぶことなんてできない。
 ううん、実際はどっちかじゃなくて、今叩かれてるのを止めるために食べなきゃいけないんだからもっとひどい。
 終わらないのも終わらせることもいやなら、どうしたらいいの。
「うぅっ……く……いたぁい…っ……」
 骸は全然ペースを緩めてくれなくて、十分赤くなったお尻を叩き続ける。
 こぼれ落ちる涙は止まらない。その都度そで口で拭うせいで、これ以上吸いとれないほどびしょびしょだ。
「泣いても駄目ですよ」
 冷たく言い放つ言葉が更に涙をあふれ出させる。

 やだ、痛い、もう耐えられない。
 豆だっていやだけど、こんなにこんなに痛いなら、食べたほうがマシかもしれない。
 パァン!
「ぅっく……た、べるぅ……ちゃんと食べるうぅぅっ…食べる、からぁっ……もぅ許してぇぇっ……」
 よく考えたらすっごく子どもみたいな訴え方だ。
 でも、骸には伝わったらしい。
「……わかりました」
「ひっ!」
 パチンッ! と最後に強めに叩いたあと、服と体勢を戻される。
「よく言えました。良い子ですね」
 ひっくひっくとしゃくり上げる背中を骸が優しくさする。
 こうされると落ち着いてくるのが不思議だ。

「おさまりましたか? それでは」
 膝の上から降ろされる。
 そうだった。食べるって言ってしまったんだ。
 やだな、冷めてふやけた豆なんて、通常よりまずそう。
 骸は私の残したスープの器を取る。そして、
「あっ……」
 ぱくっと、食べた。咀嚼して飲み込む。
「えっと、それ、私が……」
 食べるんじゃあ、と言おうとしたところを被せるように骸が言う。
「おや、僕は『食べると言うまでお仕置き』と言ったんですよ?」
 食べるまで、とは言ってない……。
 おいしくない状態の豆なんて、元々嫌いな私にはハードルが高いから。
 だから、代わりに食べてくれた?
 ……紳士的なところがちょっと悔しくて、ムカつくけど、……嬉しい。
「次から食べればいいのです。きちんと約束したんですから食べられますね、?」
 にっこりと笑う骸への返事は、うつむくと、うなずくの間くらいで。
 もう二度と、豆料理が出ませんように!




<あとがき>
 某様にお話のヒント的なものをいっぱいもらって書いてみました。
・どこでどういう状況で出されたものを食べてるんだ
・2人はどういう関係なんだ
・なんで誰もいないんだ
 とかツッコミどころはありまくりですが勘弁してください。
 ちゃんと熟知してない作品だと設定が甘い!

 個人的に、好き嫌いはお仕置きに最適と思いつつあんまり使いたくないネタであります。
 というのも私も好き嫌いあるし、体に合わないものも多いし。
 コーヒーとかね、あんまり濃いのを飲むと具合悪くなったりするし、嫌いなものは体が拒絶してるんだというのが私の持論。
 うん、だから怒らないで!

 だからちょっと甘やかしてます。無理矢理食べさせるとか私にはできないよ!
 嫌いな食べ物に挑戦するときは自分の意思でね!


09.06.30