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鳳長太郎この子の言うことは、ときどきわからない。
「先輩、俺こういうのやりたいです!」
嬉々として雑誌のページを開いて私に見せてくる。
なんだかアレな本のようだがそこは突っ込まないことにした。
チラリと見てみると、おじさまという単語が似合う紳士的な格好の男性の膝の上にメイド服の女の子がいて、お尻を撫でられている写真があった。
「これはつまり……ご主人様とメイド的な何かがしたいと?」
白い目で長太郎を見ながら尋ねるが、そうではないらしい。
「違いますよ先輩、ほらここから読んでください」
写真の横の文章のある箇所を指差すので、言われたとおりに目を通す。
悪い子にはお仕置きが必要だね。
主人は粗相をしたメイドを呼び付け、厳しく咎める。
怯えるメイドは震えながら、主人の膝へ横たわった。
これからの折檻を覚悟させるように、ゆっくりと尻を撫でる。
そして右手を振りかぶり、ピシッと打ち据えた。
(「あぁっ……」メイドは痛みに顔を歪め、声を上げた…………)
そこまで読んで長太郎の顔を見た。
ニコニコと無邪気な笑顔がこちらに向けられている。
嫌な予感しかしない。
「お願いします、先輩」
何でも素直に頼めばいいってもんじゃない。
「……こんなもんどこで手に入れたんですか長太郎くん」
スパンキング特集、と書かれた雑誌を閉じて呟く。
「忍足さんに半ば無理矢理渡されたんですけど、これが先輩だったら絶対可愛いだろうなって思うんです」
忍足、あとで殺す。
長太郎は、手の皮の方が薄いから安全は保障します、と力説している。そんな姿を見ると放っておけないのだ。
……まぁ、可愛いとか言ってくれてるし。
「……長太郎が、そう言うなら」
「本当ですか! 嬉しいです!」
こんなことを普通にお願いできてしまう長太郎の性格がちょっぴり羨しい。
いや、真似しようとは思わないけど。
「じゃあ、先輩っ」
うきうきで椅子に腰掛け、手を広げて私を呼ぶ長太郎。
別に私が提案したわけじゃないのだけれど、こんな雰囲気でいいのかなぁなんて思いつつ長太郎の元へ行く。
しかし、長太郎のすぐそばまできて立ち止まる。
自分からあんな体勢を取るのはちょっと恥ずかしい、なんて考えていると心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか、先輩? 無理矢理した方がいいですか?」
これが天然なのだから恐ろしい。
「そ、そんなことないっ」
ええい、と言葉の勢いで膝に腹這いになる。
あとは長太郎が納得するまで、されるがままになっていればいいんだから。
「じゃあ、行きますよ」
長太郎が言って、パシンッと乾いた音が鳴ったかと思うと、少し遅れてお尻がジンとしてくる。
その直後に、またパシンッと叩かれる。
予想以上の痛みに堪らず抗議した。
「ちょっ……ちょっと待って! 痛いんだけど!」
こんなに痛いものだなんて思わなかったからいいって言ったんだけど。
もっとこう、ポーズだけでいいんじゃないだろうか。
「加減してるから心配ありませんよ」
長太郎はしれっと答える。
そういう問題じゃない!
つーか当たり前だ! あんなサーブ打つそんなデカい手で、彼女を本気で叩く奴があるかっての!
「そ、それでも痛い……」
「我慢してください、先輩」
横目で見上げると、少し申し訳なさそうな顔をしながらも手は高く振り上げられていた。
また叩かれる、と目をぎゅっと瞑って体をこわばらせる。
痛いって言ってるのに、相変わらずの強さで何度も叩いてくる長太郎にだんだん怒りの感情が湧いてきた。
「もう、痛いって言って……」
文句を言おうと口を開いた瞬間にまた一発叩かれた。
「ひゃぅっ……」
喋りかけていたところだったせいで、変な声が出てしまった。
すると、長太郎の動きが少し止まって、目を輝かせながら言った。
「先輩、今のすごく可愛いです……」
顔が熱くなるのがわかる。
出すつもりのない声を出してしまったと思っている矢先にこういうことを言ってくるんだから、この男は。
「もうちょっとだけ我慢してくださいね、先輩」
すると長太郎は何を思ったか、私のスカートをめくりあげ、その上パンツまで下ろし始めた。
「やっ、ちょ、長太郎っ! 何やって……」
「こうしないと、どのくらい赤くなってるかわからなくて危ないですから」
そう思うなら今すぐやめてほしいんだが。
なのに、こう低姿勢でこられると私も怒るに怒れない。
しかし次に振り下ろされた平手はさっきまでと比べ物にならないものだった。
「きゃああっ!!」
思わず叫び声を上げるほどの衝撃で、服の上から叩かれたのとは、もう全然違う。
それなのに長太郎はお構いなしにバシバシ平手をあびせてくるし、腹立たしさと耐えられない痛みに涙が滲んできた。
「……っく、いたぁい……もうやだよぉっ、長太郎……」
すすり上げて長太郎を見ると、再び長太郎の手が止まる。
「先輩、可愛い……」
「……はぁっ?」
「すみません先輩っ……俺、もっと先輩の泣き顔が見たいです!」
「なにそれぇっ、……痛あぁーっ!!」
この日から、もうこいつの口車には乗るまい、と心に堅く誓ったのでした。
<あとがき>
長太郎がカーだったらこんな感じだろうなと思って書いてみました。
こうやって無意識に彼女を困らせる天然ドSになるんじゃないかと。
オチはない。
普通のカーだったら、例えば幸村だったら、泣かせたくて意地悪なこと言ってみたり、怒ったふり(ふりなのか?)して怖がらせたりして、その反応を見て可愛いなぁと心の中で思うんでしょうけども。
ちょたの場合は素直に言っちゃいそうなんですよね。
なんというか嘘つけないタイプですな、ちょたは。
10.06.06