クリスマスの後に
白石蔵ノ介デフォルト名:小松 絵里
年が明けたら初詣に行こうという約束を、白石は心待ちにしていた。といっても元日に家族で参拝したので厳密には初ではないけれども、と行くのは初なのだからこれも初詣だ。おそらく部活仲間とも改めてお参りすることになるだろうが、それもまた別の楽しみである。共に思い出を作りたい人がこんなにもいる自分は幸せ者だ。正月の空気がそうさせるのか、素直な気持ちが胸を巡る。
少々舞い上がった調子で待ち合わせ場所へ到着すると、ちょうどが向こうからやってくるところだった。しかしは白石をちらりと見ただけで、すぐに顔を下に向けてしまう。わずかな違和感を覚えながらも、白石は声をかけた。
「あけましておめでとう、」
「……うん、あけましておめでとう」
「年末年始、何してた?」
「普通に家族とテレビ見たり……それくらいかな」
「あはは、俺もそんな感じやわ」
は右側、白石は左側。無意識のうちにいつもの並びになって、二人が歩みを進める。
白石は努めて明るく話しかけるが、は表情を翳らせたままだ。ろくに目も合わせない。
いつも元気な彼女にだって、テンションの上がらない日はあるだろう。だが年が明けて初めて会うというのに、この対応は少し寂しい。
「寒ないか? もしかして体調悪いとか?」
具合がよくないのなら問題だ。出かけている場合ではない。のことだから、遊びの予定には熱を押してでも出てきてしまう。
しかし彼女はううんと首を横に振った。それを見て胸をほっと撫でおろす。無理をしている可能性は否めないが、ひとまず心配なさそうだ。彼女が風邪をひいたり熱中症になったりした姿は数度見たことがある。そうした症状と照らし合わせてみても、見た限り体調不良ではないだろう。
むしろ彼女の表情は、普段からしょっちゅう見るものに近い。やましいことがあるときの、何かを白石に悟らせまいと誤魔化す様子によく似ていた。
「、なんか変やで。隠し事があるんちゃう?」
厚手のコートとマフラーに包まれたの肩がビクリと跳ねた。
やはりだ。これは絶対に何かがあった。それも、白石に知られたくないことがだ。
そのサインを見逃さず、立ち止まってにじっと目を向ける。
「何を隠してんねや?」
顔を上げたの瞳は、わずかに潤んでいた。よほどのことをした自覚があるに違いない。
無理に聞き出すのは心苦しいが、問い質さなければ自分から言うことはないだろう。黙ったままでいるのは、きっと彼女の精神衛生上も良くない。
「正直に言いなさい」
白石が迫ると、は涙目で俯きながらも、静かに口を開いた。
「あんな……実は、……蔵に言わなあかんこと、あって」
相槌を打ちながらも白石は厳しい目でを見据える。彼女が身を縮こませながら続けた。
「蔵にな……もらった……」
「うん」
「…………手袋、片っぽ落としてもうてんっ……」
の告白に、白石は目をぱちくりさせる。
手袋。つい先日クリスマスプレゼントに、へ渡したもののことだ。少し大人っぽいのを贈りたくて、手の甲側にリボンが付いた左右の区別があるデザインを選んだことは記憶に新しい。
涙ながらにが言うには、年末に家族と出かけた日に早速持ち出し、外した後は上着のポケットに入れていたのだが、気付いたときには片方なかったらしい。家族に頼んで可能な限り来た道を辿っても、見つからなかったそうだ。
なぜ彼女がこれほどまでに心苦しそうにしていたか納得した。プレゼントを早々に失くしてしまったなんて、確かに言い出しにくい。それに、今日のような寒い日に渡したばかりの手袋をしていないとなると、白石がいつ突っ込むかわからない。さぞひやひやしていたことだろう。の心境を思うと、なんだかかわいそうになる。それと同時に、自分のプレゼントを喜んでくれていたことに心が温かくなった。
白石はふっと表情を和らげ、の頭に手を乗せる。
「そうやったんか。大丈夫や、気にせんといて。使ってもらえてよかったわ」
責めるつもりはないことが伝わったのか、がくしゃっと顔を歪める。そうして堰を切ったようにポロポロと涙を落とした。
「私がちゃんと気ぃつけてたら失くさんかったのにっ……!」
「手袋はしゃあないわ。落ちてもわからへんよな。俺ももっと考えてプレゼントしたらよかったんやけど」
は手で顔を覆いつつも、激しく首を横に振る。
「だって私が、手袋欲しいって言うてんもんっ……!」
「そんな泣かんでええって」
「でもっ、悔しくてっ……」
「ありがとうな、それだけ大事にしてくれててんな。その気持ちが嬉しいから、ほんま気にせんでええねんで」
嗚咽する彼女を抱き寄せ、背中をさする。今更になって周囲の視線に気付いたが、のケアのほうが大切だった。宥めるようにトントンと撫でるうちに、どうやら落ち着いてきたようでは自然に顔を上げた。
目元を拭ってやると、もういつもの笑顔を浮かべている。つられて白石も頬を緩めた。
「それにしても寒いなぁ。落としたんは片っぽやろ? どっちかは持ってるん?」
「……左手は、残ってる」
言いながらが取り出した手袋を、つけるように促す。それから白石は彼女の右側に回って立ち位置を変えた。
「ほな、こっちはこうしとこか」
白石は何もつけていないの手をとって、自分の上着のポケットにそっと入れる。
が目を丸くして、ほのかに頬を染めた。本人も赤くなったのに気付いたのか、照れたようにフフとはにかむ。
冷えた風が強く吹いて、二人の距離を縮めさせる。
普段と反対の手を繋ぐのは少しだけ新鮮で、新しい一年は最高のスタートを切っていた。
<あとがき>
怒られ事案かと思いきや、というフェイント話。
ちゃんは怒られると予想していても、白石は優しいので怒らないってケースが多々ありそう。
かといって何でも許されるわけではないのだけど、そこを見誤ると盛大に叱られることでしょうね。
白石が左利きなので、左側に立ちたがるという勝手な妄想です。手を繋ぐにしてもなんとなく利き手は空けておきたいかなと。
ちゃんが同じく左利きである可能性だってもちろんあるのですがね!
2022.01.04