となりの千歳

千歳千里

デフォルト名:志穂



「誰やそれ、彼女か?」
 謙也がからかうように言った。
 部室でスマホを眺める千歳の後ろから、画面を覗き込んでいる。
「そうたい」
 千歳は平然と答えた。
 写真の人物は芸能人のようにポーズを取っているでもなく、ただ勉強をしている横顔だったため、身近な人物だろうと思われた。
 しかし、冗談のつもりだった謙也は自分で聞いておきながら驚きの声を上げる。
「嘘やん! マジか!」
 そのやりとりを聞いていた白石が、彼女の顔を拝もうと二人のもとへ寄ってきた。同じく画面を見ては感想を漏らす。
「大人っぽいな」
「19。大学生ばい」
 白石が目を丸くする。謙也などは大声で「ほんまかいな!」と叫んだ。
 数字にすれば4歳だが、大人同士の4歳差とはわけが違う。
 
 改めて写真を凝視しながら白石が尋ねる。
「彼女も熊本の子か?」
「いや、関東から進学でこっちに来とっと」
「へぇ。びっくりしてもうたけど、自由な千歳には年上も合うてるかもしれんな」
「やっぱり年上って頼れるもんなん?」
 大学生と付き合っているという千歳が妙に大人に見えるのか、謙也が好奇心丸出しで聞く。
「まぁ、そうやね。ばってん、むぞらしかとこもあるとよ」
「むぞらしか……って何や」
「可愛らしいって意味ばい」
 千歳も画面の彼女を見つめて続けた。
はしっかり者やけん、誰かに甘えたいときもあるみたいやね。俺は体ばでかいけん、そいでが満足するなら協力すっと」
 独り言のように言い、いつものようにふらっと部室を出て行った。
、っていうねんな。彼女」
「千歳にもおんねんな、相性のええ相手が」
 残された二人は部室で、柄でもない恋愛話なぞを始めるのだった。



 千歳が玄関を開け、の靴があるのを確認する。
「ただいま」
 確かにいるはずなのに返事はない。
 千歳は状況を察する。今日は必要な日か、と判断して奥へ進んだ。

 リビングの片隅で、壁に向かってひっそり座る彼女の姿を発見した。
「何ば隠しとっと」
 後ろから声をかけ、反応を見る。
「別に、何も……」
 わかりやすい誘導に笑いそうになりながら、千歳は努めて冷静な声を出す。
「嘘はいかんとよ」
 彼女はしばらく押し黙ったあと、台所を指差した。
「コップ、割った」
 洗い物をしているときに割れたのだろう。既に片付けたのか、指の先に残骸はない。
「怪我はしとらんとや?」
 うん、とが頷く。
 ガラス食器は割れやすいものだ。炊事をしてくれている彼女を責める気などない。そもそも、本当に割ったかどうかすらもわからない。
 しかしそんなことは問題ではなかった。
 コップを割ったと彼女が申告したのだから、することはひとつだ。
「おっと、逃がさんばい」
 立ち上がろうとした彼女の背中を、がばっと捕まえる。腕の中でがもぞもぞ動いた。
「お仕置きせんといかんかね」
「やだ……」
 弱弱しくがつぶやく。
「ばってん、悪か子やったやろ?」
 千歳がそう言うと、顔を下に向けてしまった。
「ほら、こっち来んね」
 ひょい、と子どもを扱うかのように持ち上げて自分の方を向かせる。
「物壊して正直に言えんのは良かこつかね?」
 ふるふると首を横に振る姿は子犬のようだ。
「やったら、どぎゃんするん?」
 は顔を背けながら、目だけで千歳の様子を窺う。
「ちゃんとごめんなさい言わんね」
「いやっ」
 目のやり場に困ったらしく、彼女は千歳の胸に顔をうずめた。
「こーら、誤魔化さんの」
 千歳の大きな手が、の頭を後ろからすっぽり覆う。
「言えんなら、やっぱりお仕置きったい」
 ポンポン、と頭を撫でられたのが嬉しかったのか、の表情が少しほころんだ。これからお尻を叩かれるというのに、おかしな話だ。

 千歳はを軽く持ち上げ、そのままベッドに腰掛けた。
 自身の膝の上に腹這いにさせてお仕置きの形を作る。
 部屋着のスウェットは手をかけるだけで簡単にさげることができた。さらに下着もおろすと、がきゅっと拳を握る。
 この瞬間は、未だ慣れないようだ。
 パチン、という音と同時に、が跳ね上がる。
 ほんの小手調べの一発だったにも関わらず、大げさな反応だ。
 一打目は痛く感じるんだ、といつだったか反論していたっけ。
 照れながら弁明するを思い出しつつ、千歳は次の打ち方を考える。
 に負担をかけず、満足に気分を味わわせられるよう、ペース・威力・叩く位置をシュミレートする。
 こういったことは千歳の得意分野だ。
 緩急をつけ、決して力は入れず、時おり痛がらせる。
 気の利いたことを言えない分、せめてが好きなだけストレス発散できるよう尽力したいと千歳は思っていた。
 お尻が薄ピンクに色付いてきたころ、の声に嗚咽が混じりはじめる。
「千里くんっ……ひっく、痛ぁいっ……いぅ……」
 叩いている側にしてみれば、このくらいまだまだ大丈夫そうなのであるが、泣くほどだから本当に痛いのだろう。
「何て言えばよかとね、
 そう聞いてやっても、簡単には答えない。
 千歳は左手を振り上げ、少しだけ強めに平手を入れる。
 パァン!
「ひぁうっ!」
「そぎゃんことじゃ、終わりにできんとよ」
 先ほどの勢いを保ちながら、ひとつひとつを重くした叩き方にシフトする。
「あぅっ……うっ……」
 平手を振り下ろすたび、がうめき声をあげた。流れる涙を忙しそうに拭いているのを見て、そろそろだなと千歳がラストスパートをかける。
 お尻の真ん中の、同じところをただただ叩く。
「ああっ、やあっ……やだぁっ、痛いぃっ!」
 集中的に叩いている箇所だけが、みるみるうちに赤く染められる。
「ごめんなさっ……ごめんなさぁいっ……千里くんごめ、なさいっ……」
 ようやく出てきた謝罪の言葉に千歳が手を止めると、これ以上叩かれるのを避けるためかはすぐさま体を起こした。
「ごめ、んなさ……い、っく……」
 ぐすぐすと泣きながら、千歳に抱きつく。
「ん、いい子やね」

 の目的は、この抱っこにあるようだった。
 素直に甘えてくれればいいのだが、この手順を踏まないと駄目らしい。
 軽率にお仕置きなんて言い出した自分のせいなのか、と少し思う。しかしそれが上手くにハマったのならそれでよかった。
 その不器用さがいじらくして、たまらない。千歳は愛おしそうにを撫でた。

 やがての嗚咽が止まり、呼吸も整い、千歳に預けられていた体が離れていく。
 最後に涙が引っ込むと魔法が解けたみたいに、いつも通りのしっかりしたに戻っていた。
「あーあ、気に入ってたのにな。あのコップ」
「ほんまに割ったとね」
「信じてなかったの? そうだよ」
「それは残念たいね」
「まぁいいや。もうすぐバイト代が出るし、かわいいの買おうかな。千里くんのも新しくしてあげよっか」
 年上の、頼りがいがある、この上なくかわいい彼女を見つめ、千歳はふわりと微笑んだ。




<あとがき>
 あのこれ……2014年……7年前に書いてたやつなので、いろいろ大目に見てください……。
 ガチガチに固めてない感じのぬるいスパパートナー関係っぽく書きました。この頃からずっと、いつかスパパートナーものを書きたいと思い描いてます。
 たぶん千歳は白石とマネージャーを見ていたせいで彼女にスパを提案したのかな? というイメージです。


2021.10.10