不機嫌な彼女と不機嫌な彼
丸井ブン太デフォルト名:岡原 奈歩
今日返却されたテスト、平均点は非常に低かったらしい。
それにしたって赤点はつらい。
「追試とか勘弁して欲しいよね……」
ブン太の家に着いてからも、返ってきたテストのことばかり考えてしまう。
気にしないようにしても落ち込むよ、これは。
「俺もあんまり良くなかったぜー」
あまりに愚痴る私にブン太が言う。
「……何点?」
「79」
「全然悪くないじゃん」
何それ、自慢?と思うくらい、私には羨ましい点数だ。
「ま、俺ってば何でもできるからな」
自分のベッドに腰かけていたブン太はそのまま上半身を倒して寝っ転がる。
ブン太はこういうとき気のきいたことを言わない。
長男のくせに末っ子気質というか、自分がよければいいみたいな態度をときどき取る。
「……器用貧乏なだけでしょ」
そういうところが癇に障って、私もわざと馬鹿にしたように言ってやる。
別に励ませっていうつもりはない。
だけど、私もついイライラして悪態をついた。
「おい」
いきなりブン太の声のトーンが下がった。
「機嫌悪いからって当たんなよな」
そう言ってる本人がすぐ不機嫌になるんだから。
「図星なんだ?」
私だってムカついてるのは事実だから、こうなると泥沼だ。
「いい加減にしろよ、お前」
しかし私が意図した以上に怒らせたらしく、ブン太が体を起こして私を見据えた。
「別にテニスだってそんなに強くないじゃん」
それを気に留めず更に言うと、ブン太の表情が変わった。
ゆらりと立ちあがってすごい目で見下ろしてくる。
「それ、本気で言ってんの?」
グッと襟元を掴まれてぎゅっと目を瞑る。
しまった、と思った。
ついあんなことを言ってしまったけど、ブン太が天才的って言うのは自己暗示でもあるっていつだったか聞いたことがある。
ただ楽観的なんじゃない。
努力して、その実力を発揮するために自分で自信をつけてるんだ。
それを知ってて余計なことを言ったのだから、ブン太が怒るのも当然だ。
少しの間。
ブン太はちょっと気持ちが落ち着いたのか、溜息をついて手を緩める。
「怒って……ないの?」
探るように聞くと、ブン太が即答する。
「いーや、怒ってる」
確かに口調は苛立っている感じだったが、多少は茶化してみせるくらいの冷静さを取り戻したようでほっとする。
「お前さー、マジでガキかよ」
そしてブン太が改めて口を開く。
「赤点は自業自得だろぃ。もうあったま来るなー、俺とばっちりじゃん」
そうはいってもイライラしているようで、言いながらブン太は頭を掻く。
「あー、こりゃひっぱたかないと気が済まねぇ」
およそ平穏ではない言葉に、思わず半歩ほど下がってしまう。
「ちょっ……本気?」
「おうよ。あんな口のきき方するヤツはお仕置きな」
お仕置き。
それも決して穏やかではないが、てっきり殴られるのだと思ったのでそれよりは随分ソフトな印象を受けて、胸を撫でおろす。
「お仕置き、って……?」
ブン太はベッドに座り直し、片頬に笑みを浮かべて自分の膝を指差す。
「ここ。来いよ」
何をされるのかわからなくておどおどしていると、ブン太に腕を引かれた。
「尻叩くんだよ。安心しろ、怪我はさせねぇから」
お仕置きと言っても子ども騙しなものだとわかって、とりあえずそれでブン太が納得するなら、と引っ張られるまま身を委ねることにする。
私が抵抗しないことに気付いたのか、ブン太が付け加える。
「だけど甘く見んなよ? 痛くないって意味じゃないからな」
不敵な顔で宣言された。
今更逃げ出したくなっても、もうブン太の膝の上に腹這いにされている。
「たっぷり泣かせてやろうじゃん」
そう言ったと同時に、ブン太が手を振り上げた。
パシンッ、っという音とともにお尻に痛みが走る。
そうだった。
ブン太だってスポーツをやってるわけだし、力がないはずがない。
いつもパワーリストをつけてトレーニングをしてるほどなのに、そんな腕力で叩かれれば当然……
「痛いだろぃ?」
たまらずブン太の顔を見上げると、思い知ったかという表情で私を見た。
「まだまだこれからだぜ」
そう言って更に平手をあびせる。
「ひっ……!」
えっ、1回で終わりじゃないの!?
というかいつまでやるつもり……
「あぅっ……いた…いっ……いたぁい……」
「おい、暴れんなよ」
手足をジタバタさせると、それを諌めるようにペシッと叩かれる。
「も、痛いってばぁ……ブン太ぁ……っ…」
「んー、まだだな」
何がまだなんだか全然わからない。
でもブン太にやめる気がないんだから、私は許されるまで耐えるしかない。
どうしてこんな目にあわなきゃいけないのか。
我慢しようと思っても痛いものは痛くて、涙がこみ上げてくるのがわかる。
「ブン太っ……うっ……くっ…ぅ……」
ブン太は一旦手を止めて、泣きじゃくる私に向かって投げかける。
「どう? そろそろ何か言う気になったんじゃねぇの?」
「なに、かって……?」
問いに対して、落ち着かない呼吸でかろうじて答える。
「わっかんねーヤツだな、許してほしいなら言うことあんだろって言ってんだよ」
「……? 反省、した……?」
「んー……それと?」
「もう、しません……」
「お前わざと言ってんだろぃ。もう知らね、あと100回な」
冷たくそんな意地悪を言って、平手が再開される。
「ちがっ…ちがうぅっ……あぁっ……痛ぁいぃっ……」
本当の本当に、ブン太が何を言わせようとしてるのかわからないんだもん!!
でも叩くのをやめてくれないものだから、冷静に考えることも出来ない。
どうしようもなくてただただ泣き喚いていると、ブン太の手が再び止まって、ほんの僅かに部屋が静まり返る。
ふわっ、と髪を触られる感触があって、ブン太がやわらかに言った。
「謝るときは? なんてーの?」
謝る、謝る……あ。
そうだ、私まだ1回も謝ってない。
ブン太はそれを言わせようとしてたんだ。
だからずっと手を止めなかったんだ。
そのことに気付いて、涙声のまま慌てて口にする。
「ごっ……ごめんなさい、ごめんなさいっ……っ……」
「そ。わかればよし」
そう言ってわしわしっと頭を撫でられた。
目元を擦ってブン太の膝から降りようとしたところを、ガシッと両手で抱きとめられる。
「どこ行くんだよ、兄ちゃんの胸で泣いていいぞ」
「子ども扱いしてるでしょ……」
「怒られてめそめそ泣いてんだからうちのチビたちと変わんないじゃん。泣きやむまで慰めてやっから」
「自分が泣かせたくせに……」
「じゃあなおさら、甘やかすのも俺の役目な」
優しく背中を撫でるさまに、少しだけお兄ちゃんらしさを垣間見たような気がしてクスッと声を漏らす。
笑うな、と怒る声はもう怖くない。
弟くんたちがちょっぴり羨ましくなる、平日の午後のひととき。
<あとがき>
「ブン太もアリっちゃアリだよねー(笑)」みたいなノリから、4444hitのリクをいただいて実現させてしまったブン太スパでした。
夕羅様、リクエストありがとうございました!
個人的には怒らせたくない人ランキングのかなり上位です。
ホントに、怒った声が本気すぎます(最強チームでボールぶつけられた時)。
お試し的なところもあったので、スパ自体はぬるめですが、キャラのらしさが出ていればいいなぁと思います。
ブン太なら4946hitにした方がよかった気もしますけどね!w
10.12.12 UP