もうすこしがんばりましょう

仁王雅治

11月21日(金)
デフォルト名:堀川 紗英



 どうしてこうも数学という教科は宿題が大好きなのか。
 私は宿題も数学も大嫌いだというのに。

 今日は数学の宿題が大量に出された。
 しかも答えが付いておらず、自力で解くしかないものだ。
 他の教科なら調べるだけで解けるものも多いが、数学はそうもいかない。
 苦手な者にとって、これほどの苦痛はない。
 重い足取りで部室に入り、荷物を下ろした。
 ふと、隣にある雅治の鞄が目に入る。
 ……雅治って数学得意だったよね。
 雅治のクラスで先に出されていれば、もう多少は進めているかもしれない。
 ファスナーが閉められていない鞄をこっそり探ってみる。
「おっ、あった」
 提出用の数学ノートに、先ほど出されたのと同じ課題が挟まれていた。
 どうやら途中までやってあるようだ。
 1問でも構わない、写してしまおう。
 丸写しだと先生に疑われるので、適当にアレンジを加えればいい。
 いつもの解答例付き問題集では常習犯なので慣れたものだ。

 ついでにシャーペンも雅治のを借りよう。
 ペンケースから勝手に取り出し、ノックする。
 しかし、詰まっているのだろうか、芯が出てこない。
 おかしいなと思い、解体するため本体を捻ってみた。
 開く場所が違ったのか、力の入れ方が悪かったのか。
 パキッと音を立てて、プラスチック製の本体にヒビが入った。
「げっ」
 すぐさま元の形に手で押さえるが、割れたものはどうしようもない。
 まずいことになった。
 シャーペンを壊しただけでもまずいが、何に使おうとしたのか聞かれるともっとまずい。
 数学の宿題を写そうとした、それも勝手に鞄を開けて。
 このことが雅治に知れたら。
 それはまずい。

 ガチャ、と部室の扉が開く音がして、心臓が飛び出しそうになる。
 素早く二人分の数学ノートを閉じて振り返ると、入ってきたのは柳生ひとりだった。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 正直、雅治以外なら誰でもよかったが、柳生なら尚更いい。
 他の連中と違って、咎めたりからかったりしてこない。
「そんなに慌てて何かあったのですか?」
「雅治のシャーペン、勝手に借りたんだけど壊しちゃって……」
 手元のペンに視線を落とすと、背中から「それはそれは」と柳生の声がした。
「直ると思う?」
「残念ですが、修復は難しいでしょうね。おそらく買い換える方が割安です」
「……そうかぁ…………」
 直らないか、どうしよう……と呟いて、ペンを眺めたまま再び柳生に言う。
「あの、柳生に頼みがあるんだけど……」
「何でしょう?」
「雅治にさ、このこと上手く言ってくれないかな……。落ちていましたよー、とか」
 人任せにもほどがあるお願いだ。
 しかし、自分で言い出す勇気がない。
「おや、どうしてです? さんの方が気心が知れているではありませんか」
 柳生の言うことはもっともなのだが、雅治が怖いとは言えなくて言葉を詰まらせる。
「いやぁ……だけどというか、だからというか……私が言うと……ね?」
 まごついて、もじもじとシャーペンをいじる。
 次に聞こえてきた言葉は、そんな私をすくませる程度の威力があった。
「そりゃあ怒られたくはないよのう?」
 声色にハッとして振り返る。
 見た目はさっきと変わっていない。
 でも、わかる。
 それはさっきの判断が誤っていたんだと。
 最初から雅治に白状していたのだ。
 気付いた時には手遅れである。

 雅治は、たじろぐ私に見せつけるように変装を解く。
 つかつかと歩み寄り、私の手からシャーペンを取りあげた。
「どうしてわざわざこれを出す必要があったんかを知りたいところじゃな」
「それは……、ちょっと急いでたから、借りただけで……」
「急いで何を書くつもりだったんかの」
 半開きになっている自身の鞄を、雅治が見やる。
 問い詰められるかと思ってハラハラしたが、話は別の方向へ逸れた。
「ずいぶんと柳生を信頼しとるんじゃな」
 柳生に相談を持ちかけようとしたのが裏目に出た。
 シャーペンを壊したのも、柳生を頼ろうとしたのも、すべて雅治にバレてしまったではないか。
「違うよ……」
 とりあえず否定するしかないが、雅治は見透かしたように薄笑いを浮かべる。
「まぁ賢明な判断ぜよ」
 そう言ってシャーペンを机に置き、私に向き直ってフッと鼻で笑う。
「なんちゅう顔しとるんじゃ。そんなに俺が怒っとるように見えるか」
 そんなこの世の終わりみたいな表情をしているつもりはなかったけれど、雅治にあの独特の中低音で責められると多少なりともブルってしまう。
 怒っていても絶えず薄い笑みを浮かべていて、底が知れないというのも怖いと思うポイントかもしれない。
 だから、いつ許してもらえるかってのも読めない。
 そういう不安が顔に出ているとでもいうのだろうか。
「だって実際怒ってるじゃん……」
 小さく呟いたが雅治は答えた。
「怒っとる、というよりは懲らしめたいという方が近いじゃろうな」
 あぁ、お仕置きする気まんまんだ。
 縮み上がっている私を見ていた雅治が、唐突に口を切る。
「なんで数学のノートを出しとるんかは」
 雅治のは元の場所に戻したが、自分のノートを出しっぱなしだったことに気付いて、一瞬鞄の方を見てしまう。
「ここで聞こうかのう」
 そう言って、雅治がベンチに座りこんだ。

 もうすべて気付かれている。
 気付いた上で、お仕置きしながら私から引き出そうというのだ。
 これだから、雅治のお仕置きは嫌なんだ。
「早く来んしゃい」
 遊びにでも誘うように、ひょいひょいと手招きをする。
 これからお尻を叩こうなんて態度には見えない。
 それでも、細い身体のわりに男っぽく大きな手が私に向かって振られるたびに鼓動が速くなる。
 あの痛さを知っているからだろう。
 絶対に動いてやらないつもりでキッと雅治を睨む。
 すると雅治は一度瞬きをしてから小さく笑った。
 スッと伸ばされた手をかわしたつもりが、反対の手に捕まる。
「やっ、やだっ……離してっ!」
 よろけた体は膝の上に倒れた。
 それからおもむろに、雅治の左手が振り上げられる。
 パシンッ! という音とともにお仕置きが始まった。
「いっ……」
 痛い、と叫びたくなくて奥歯を噛んだ。
「さーて、教えてくれんか。なんで数学のノートが出とるん?」
 雅治から当てつけがましい質問を投げかけられる。
「別に、何でもな……つっ…!」
「下手な嘘はやめんしゃい。俺のノートとお前さんのノートで、何をするつもりだったんじゃろうな」
 全部わかってるんじゃん。
 お仕置きの最中なんだから、自分から説教でも何でも始めればいいのに、なんで私に言わせるのよ。
 黙っている私に平手を浴びせながら、いつまでとぼけられるか見物じゃ、なんて言ってる。
 絶対声なんか上げないように、手をグッと握って歯を食いしばった。
 すると雅治は私のスカートを掴み、ヒラヒラなびかせながら言った。
「今日はこのままで勘弁してやろうと思っとったが、お前さんにその気がないなら仕方ないぜよ」
 おもむろにスカートを捲り上げ、覆うものは下着のみになったお尻に平手が飛ぶ。
「ひぅっ……!」
 さっきまでより数倍痛い。
 布一枚のありがたみを今さら思い知った。
 服の上からならなんとか耐えられたが、もう声を抑えることができない。
「あっ……うっ、……くっ……」
「もう一回聞いてみようかのう。俺のノートと、お前さんのノートを出して、何をしようとしとったんじゃ?」
 意地でも言わせる気らしい。
 こっちも意地になって抗いたかったが、下着のみの状態で叩かれる痛みに焦る気持ちから、あっけなく挫けてしまう。
「数学のっ……宿題……あぅっ……!」
「ほう、の苦手な数学。そういえば宿題が出とったな」
 とぼけてんのはどっちだ。
 次の言葉を言う気がなくなって再び黙りこむが、有無を言わせぬ強烈な一打を打ちこまれ、仕方なく続ける。
「雅治のを、参考に……」
「参考に、か。そう言うて上手いこと写すんじゃろ。恐ろしい奴じゃ」
 左側を集中的に責められて、思わずのけぞった。
 雅治の足をドンドンと叩いて抗議するが、平気な顔で雅治が言う。
「あれはもうせんって約束だったと思うんじゃが」
 前に、答えを写すのはやめると誓わされたことがある。
 ……実際はやめてないけど。
「俺のノートは解答集じゃないからええんか、なるほどな」
 そういうつもりじゃない、と言おうとしたところで平手を打たれる。
「あぁっ……!」
 まともな言葉を言わせないようにわざとやってるんじゃないかと思うほどのタイミングで、本当に腹が立つ。
 悔しいのと痛いのとで、目に涙が浮かんできた。
「ノートは覗かれるわシャーペンは壊されるわ、散々な目に遭ったもんじゃ。俺怒ってもええか」
 バシン! と力の入った一発が降ってくる。
「あぅっ……く……」
「何て言ったら許してもらえるん?」
 わざとらしく雅治が尋ねる。
 こんな状況で言えるか。
 それに、これ以上声を発すると泣いてしまいそうだった。
 ギュッと口元を結び、雅治の後方の壁へ顔を向ける。

「強情っぱりじゃのう。これも下ろさんとごめんなさいが言えんか」
 雅治の手が下着にかかる。
 とっさに手を伸ばしたが、止めるより先に下ろされてしまった。
 お尻が外気に晒されることで、熱を帯びていることがかえって際立つ。
 雅治が手を振り上げ、パチンッ! と高い音が鳴った。
「ひゃああっ!」
 強烈な痛みに身体が浮く。
 下着があるときと比べ物にならない痛さだというのに、雅治はペースを緩めてくれない。
 きつく目を瞑った拍子に、たまっていた涙が落ちた。
 それが呼び水になったかのように、次から次へととめどなく溢れだす。
「あっぅあ、いたぁ……っい、ああぁあんっ……!」
 もう恥も外聞もなかった。
 それよりもお尻の痛みの方が強くて、とうとう謝罪の言葉を口にする。
「うあぁぁんっ……ごっ……ごめ、なさ……っあぅ!」
「聞こえんかった。もう一回」
 叩きながら無情に言う雅治を恨めしく思う余裕もなく声を張り上げる。
「ごめんなさいっ! もうしませんっ……、……っくぅ……」
「ん、いい子じゃ」
 私が謝れたら、お仕置きは終わる。
「うぅっ…う、……うわあぁぁあぁん!」
 雅治が私の背中を撫でてくれる間、ひとしきり泣いた。

 呼吸が落ち着き、私の涙が止まったころ雅治が話し始める。
「それにしても、俺だと気付かんのはどうなんかの」
「それはっ……ちょっとしか見てなかったし、焦ってたし……雅治の変装も上手くなってるってことでしょ」
「ふ、お前さんもお世辞なんぞ言えるようになったんじゃな」
 ま、許しちゃろう、と私の髪をくしゃっと撫でて、からかうように笑った。
「今度間違えたときには、柳生のままお仕置きしてやるぜよ。『反省したまえ』……ってな」
「ぷっ……それやだぁ」
 その後も雅治が繰り出す柳生の真似で、二人して笑い合ったのだった。




<あとがき>
 仁王のスパも見てみたい、とご意見をいただきまして、これは頑張らねば! とはりきって書きました。
 柳生夢での潜入捜査は、本当はキャラを真逆にして仁王でやろうとしていたものだったのです。
 ということでせっかくなら仁王も、と入れ替わりネタを使うことにしました。
 ちゃんも由麻ちゃんも、お互いに人のパートナーは優しいと思ってるところが不思議です。

 立海勢、部室のベンチを活用しすぎですね。
 きっとさまざまなキーちゃんの涙が染み込んでいることでしょう。
 鍵をかける描写があったりなかったりですが、おそらく各カーが上手く立ち回ってると思われるので心配ありません。たぶん。
 It'sご都合主義。

 服の上→下着→生尻の波状式三段階攻撃をやってみたかったのですが、やっと日の目を見ることができました。
 他でも書いたことあったかもしれませんが、ここではかなり意識的に書けたのでよかったです。

 仁王でスパはやらないとか言っておいて、書いてみたら楽しかったです。
 典型的な「痛いから謝る」タイプになりましたが、まぁ仁王はこれでいいのでしょう。

 タイトルは、小学校とかで先生が押してくれる評価スタンプのイメージです。
 某同名漫画がありますが関係ありませんです。


12.09.25 UP