Influencer 01
番外編9月13日(土)
デフォルト名:安達 晴香
土曜日の朝、部室にやってきた幸村の表情は実に晴れやかだった。
着替えを始めていた柳が声を掛ける。
「上機嫌のようだが、何かいいことでもあったか?」
「まぁね」
彼女の話になるけど、いいかな? と断ってから幸村は喋りだした。
「ここのところ、忘れ物がひどかったんだけどね。気が緩んでるんじゃないかって注意したら、意識が変わったみたいなんだ」
それが少し嬉しくて、と頬を緩める。
「B組のさんだったか。真面目なイメージだが、意外に怠惰な部分もあると以前語っていたな」
「流石、よく覚えてるね」
幸村につられるように、柳が微笑みを浮かべた。
面倒見のいい彼にも、恋人を気に掛ける心が理解できるらしい。
「なるほど、尻を叩いてやったというわけか」
「文字通りに、ね」
幸村は悪戯っぽい眼差しで柳を見遣った。
含みのある言い方に、ほう、と柳が目を開く。
「それは興味深いな。効果はありそうか?」
「ああ、覿面だよ」
伊達に長い付き合いはしていない。
最小限のやり取りで、柳はすべてを理解したようだった。
「良いデータがとれた。綾子にも施してみるか」
「あはは、林さんに悪いことしちゃったかなぁ」
突として部室の扉がギィと鳴る。
「仁王くん、詮索はよしたまえ」
緩慢な足取りで入室する仁王を柳生が制したが、彼は無遠慮に尋ねた。
「なんじゃ、面白そうな話をしとるのぅ」
「申し訳ありません、立ち聞きするつもりはなかったのですが」
集合時間が近付けば、人が増えるのも当然だった。
構わないよ、と幸村が返したので二人も話の輪に加わる。
「そんな真似して、よう揉めんかったもんじゃ」
「彼女の反応はどうだった」
柳が視線を向けると、幸村は余裕の笑みを見せた。
「叱られたことに納得してくれたみたいだよ」
「それは理想的な関係です。優しさとは、何をしても咎めないことではありませんね」
柳生は感心した様子を示しながら鞄を置く。
幸村の話を聞いた彼らは、無意識的に自身の彼女を思い浮かべていた。
誰だって非難は受けたくないものだ。たとえ恋人からであっても、快くは思わないだろう。
しかし表面的に仲を保つだけでは、より踏み込んだ関係に発展させることはできない。
言い辛いことを伝える必要も、時にはあるのではないか。
一同はそう感じ始めていた。
「叱るべきときにはきっちり叱ることこそが、本当の意味での優しさなのかもしれない」
柳の意見に、柳生が頷く。
仁王はわざとらしく、ニヤッと口角を上げた。
「俺も“優しい男”になってみるかの」
その横で柳生が顎に手を当てる。
「考えてみれば、叱るという行為は思っている以上に勇気のいることですね」
「柳はともかく、仁王と柳生は骨が折れるかもね」
テニス部マネージャーである彼女たちの気質は、幸村も柳もよく知っていた。
柳は年下の彼女ということもあり、日頃から何かと世話を焼いているが、同級生と交際している二人は事情が異なる。
「どちらも向こう意気が強い性格だからな」
柳が言うと、仁王は隣の柳生を一瞥した。
「お前さんはそこが良いんじゃろ?」
「仁王くんこそ」
冷やかす仁王に、柳生が眼鏡を上げながら応じる。
そのやりとりを見た幸村は、クスリと笑みをこぼした。
「いずれにせよ、本気で叱るというのは相手を思い遣っていないと出来ないことだ」
柳の言葉を受け、柳生が同調する。
「そうですね。私も幸村くんを見習いましょう」
部員たちと意識を共有できたことに、幸村は満足げに目を細めた。
「良い報告を待ってるよ」
かくしてそれぞれは、彼女に男らしさを見せるべく決意を新たにするのだった。
ひとときの会合はお開きとなる。練習のスタートだ。
コートへ向かう中、最後尾の仁王が呟いた。
「あのがのぅ。想像できんな」
独り言に気付いた幸村は、仁王に歩調を合わせる。
「仁王は同じクラスだったね。やっぱりって、教室でも落ち着いた雰囲気なのかい?」
「成績抜群の優等生じゃ。居眠りはよくしとるが」
「へぇ。それは面白いことを聞いたよ」
幸村が、そうだ、と手を打つ。
「授業中ののことをさ、ときどき教えてくれないかな」
ええぜよ、と仁王は薄笑いで返す。
彼には充分に意図が伝わっているようだ。
「代わりと言っちゃなんじゃが、お前さんからも紗英の様子を報告してもらえんかの」
仁王の提案に、幸村もニヤリとする。
互いの彼女がクラスメイトであることを、活用しない手はない。
「ああ、いいよ。持ちつ持たれつだね」
彼女たちの知らぬところで、彼氏同士の密約が成立していた。
<あとがき>
こういうのもしてみたかった。
カー同士の会話とか、キー同士の会話とか、どうも好きらしいです私。
この4人(幸村・柳・仁王・柳生)が中心となるシリーズです。
番外編含め、楽しんで書いていきたいと思います。
18.04.15 UP