後輩くんと待ち合わせ
財前光デフォルト名:内野 季依
「……光、おはよう」
努めて明るい声を出した。
よく晴れた土曜の朝だ、景気よくスタートしたい。
待ち合わせ場所で壁にもたれていた光は、ニコリともせず私の顔をじっと見る。
私の笑顔が引きつっているのだろうか。
そう意識すると、頬の筋肉が痛くなってきた気がする。
ここまで走ってきたせいか、光の視線のせいか、背中にツーッと汗が伝った。
「……ッス」
時間にすると4、5秒ほどだったが、その沈黙はとても長く感じられた。
光は軽く会釈してすたすた歩き出す。
この子が無愛想なのはいつものことだ。
しかし、この状況だとそうも言ってられない。
小走りで光に追いつき、顔を覗き込んだ。
光はまっすぐ前を向いたまま歩くだけ。
私がいてもいなくても同じみたいに、遠慮のないスピードで進んでいく。
……意地の悪いやつ。
私が息を切らしてるの知ってて、わざと早歩きしてるな。
走ってきたんだから、そこは評価してよ。
光のことだから、このままだといつまでも無言でいるに決まってる。
痺れを切らして話しかけた。
「怒ってんの?」
「別に」
即座に冷たい返事が返ってくる。
「……怒ってるやん」
日頃からあまり喋らない子だが、普段のそれとはわけが違う。
いくら私でも、今の光にくだらない雑談をできるほど厚かましくはない。
こんなテンションで出かけたって……。
「ほんなら言いますけど」
光が急に止まったので、数歩追い抜いてしまった。
振り返ると、光はポケットに手を突っ込んで立っていた。
「遅れてきて一言もないんですか」
そう言われた途端、光の方を見られなくなる。
十数分ではあったが、待ち合わせ時間を過ぎてしまった。
「何回目やねん、遅刻するの」
できれば軽く流してほしかったのだが、やっぱりそうもいかない。
「昨日、俺言いましたよね」
そう、昨日。
深夜12時を過ぎてもLINEを送り続ける私へ、光から返信があったのだ。
『先輩、朝弱いんやから早よ寝てください』
『話やったら明日聞くんで』
『遅れんといてくださいよ』
そうやって打ち切られたやりとりに寂しさを覚えながら、翌日のために早く就寝……とはならなかった。
その後ようやくお風呂に入り、寝たのは夜中の2時前だ。
平日の疲れもあり、結果として寝坊した。
10時の待ち合わせには間に合わなかった。
「ごめんなさいは?」
何その言い方。
子ども扱いされてる?
ひとつ年下の、生意気な後輩に。
あぁ、屈辱。
「なんやねんその顔、先輩が悪いんちゃうんですか」
光の言うとおりだった。
自分が悪いのに、何を勝手に拗ねているのか。
そっちの方が恥ずかしいって、どうしてすぐに気づけないのだろう。
私が先輩だってのにね。
「……ごめんなさい、光」
小さく、だけどはっきり声にする。
気まずくて目を逸らしていたら、パッと右手を取られた。
「ほな、行きましょか」
「行くって、どこか決めてんの?」
「先輩が喋りたいんやったら、どうせいつものとこやろ」
私が動くのを待って、光が歩き出す。
「……先輩、手ぇベタベタ」
言いながら、繋いだ手を離そうとはしない。
その光の手を、グッと握り返した。
「しゃあないやろ、暑いねんもん」
今日も一日、楽しくなりそう。
<あとがき>
「苦手なものは待ち時間」の謙也さんだったら、予定時刻に現れない時点で家まで迎えに行っちゃうと思います。せっかちさん。
財前はどうもスパにならなくって、すみません。
一般的には怒るってこの程度かな。
こういう、スパまでいかない怒られ話もちょっと好きです。
そういったものが思いついたら、SSとして更新できればいいなと思います。
14.09.08 UP