お片付けに特効薬を

白石蔵ノ介

デフォルト名:小松 絵里



 ドアを開けると、蔵は眉をひそめた。
「お前、また部屋散らかってきてるで」
 1ヶ月ぶりくらいに家に呼んだら、部屋に入るなりこれだ。
 整理整頓されているとまでは言わない。
 だが、これでも一応片付けたのだ。蔵が来ると思って。
「こんなんやったら必要なもんが出てけぇへんやろ」
「自分はちゃんと把握してるからええねん」

 私の部屋は、なにより物が多い。
 だからどうやったって、ごちゃっとした感じは拭えない。
 物を集めるのが好きだから、いらないものなんて何もないのだ。
 個人的には学者とか偉い人の部屋みたいでそんなに嫌じゃないんだけど、口にすると怒りそうだから言わない。
「そう言うて、よう物なくしてるやろ」
「もー、わかったて」
 これ以上うるさく言われたくないので、話を終わらせる。
「それより蔵、こないだの店やねんけど」
「……うん、店がどないしてん」
 別にいいのだ。
 蔵の言うとおり、たまには消しゴムをなくしたり赤ペンをなくしたりする。
 だけどそれも縁の切れ目だ、なくなったら代わりを用意すればいい。
 さして困ることなどないのだから。


 それから数日経った。
 教室で帰り支度をしていると、蔵に話しかけられた。
、そろそろノート返してくれへんか」
 ノート……?
「あ、あぁ……うん」
 歯切れ悪く答える。
 そういえば、蔵に化学のノートを借りたんだった。
 借りたのは覚えている。
(どこへ置いたんやったかな……)
 たぶん机の上に置いていた気がする。
 もちろん、私の部屋の机は他にも物がいっぱい乗っているため、捜さなくてはならない。
「えっと……ほんなら、今日帰ってからでええ?」
 まぁちょっと物をどかせば出てくるだろう。
「わかった。今日は部活休みやし取りに行くわ」
 そんな返事も、大して気に留めていなかった。

 帰宅してすぐ、机の上を確認してみる。
 借りたノートを見たあとここに置いた……はずなんだけど。
(あれ、ここやと思ったんやけどな……)
 思っていたところに見当たらなくて少し焦り始める。
 ブックスタンドに立ててないか、引き出しの中に入っていないか、荒っぽく捜すが出てこない。

 見つからない。
 思い当たるところを手当たり次第に見たが、ない。
 本格的に焦ってきた。
 変な汗が背中にうっすら滲む。
 動きを止めて、他の候補を考える。
 その間に手を動かす方が効率的なのかもしれないが、どうしよう、という気持ちで身も心も鉛のように重い。

 ピンポーン、と鳴り響くチャイムの音にハッとする。
 蔵だ。
 来る約束だったのだから出ないわけにもいかない。
 とりあえずインターホンのボタンを押す。
「……はい」
『あ、白石ですけど』
「あー……蔵? あんな、えーと……」
 とにかく、ここは帰ってもらおう。
 今夜中には見つかるはずだ。
「ちょっとな、用事できてん。明日やったらあかん?」
『もらうだけやで? 今でもええやろ』
「えっ、いや、あのー……そうや、水こぼしてもうて、いやちょっとだけな? ほんで乾かすから明日……」
『……ええで、濡れとっても。ほんまに現物があるんやったらな』
 勘付かれている。
 気が遠くなりそうだった。
「いや、ちゃうねん蔵、ほんまに明日には……」
『ええから早よここ開けてくれへんか』
「蔵、せやから……」
『開けなさい』
 有無を言わさぬ口調に、観念してドアを開ける。
 全く気が進まないが、部屋へ案内するしかなかった。

「こんな部屋やったらそらなくなるわ」
 室内を見渡して、蔵がため息をついた。
「今は捜してる途中やからごちゃごちゃしてるだけで……」
「何回目や」
 いつもの調子で口走った弁解は、腕を組んで睨む蔵に遮られた。
「言うたやろ、片付けろて」
 そこまでひどい散らかりようだとは思ってない。
 ちゃんと捜せば出てくるんだから。
 そう言いたくなるが、現にノートが見つからない以上口を噤むしかなかった。
「言うこと聞かんからこんなことになるねんで」
 聞き飽きたお小言にムッとしてそっぽを向く。
 うるさいなぁ、と聞こえるようにぼやいた。
「もうちょっと時間あったら見つかるて言うてんのに」
 蔵はそんな呟きを受け、僅かに唇を曲げると低い声で言い渡す。
「これはアレやな。お仕置きや」
 えっ、と言おうとして声が出なかった。
「言い訳ばっかりで、ええ加減にしぃや」
 私が言い訳ばかりになるのは蔵のせいだ。
 自己弁護をしている間に、大抵は蔵が折れてくれるんだもん。
 なるべくなら言いたくないけど、お仕置きされるくらいなら謝った方がマシだと判断する。
「……ごめんなさい」
「もう遅いで」
 思い切ってごめんなさいを言ったのに、許してくれないなんてひどい。
 でも、謝って許してくれないってことは、つまり怒っているというわけで。
 急に怖くなって、もう一度謝ってしまう。
「ごめんなさいっ……」
 自分で言って、あまりの声色の違いに驚いた。
 これじゃあ、さっきの謝罪が上辺だけのものだったと丸わかりだ。
 蔵がときどき言う“心からの「ごめんなさい」”というフレーズに、少し納得がいった。

 蔵は私が後悔し始めたことを悟ったようだが、険しい表情を緩めることなくお仕置きの体勢に入る。
「ここ、借りるで」
 蔵は、私のベッドに散らばった教科書をまとめ、一人が横たわれる位のスペースを作った。
 解いた包帯をポケットの中に入れると、私の腕を引きながらベッドに腰掛ける。
「いや、ほんまちょっと待ってって……」
 身を固くして小さく抵抗をすると蔵は顔を上げ、立ちすくむ私を見上げた。
「口で言うてもわからへんのやろ? いっぺん反省しい」
 きっぱり告げると、半ば無理やり私を膝に倒した。
「やっ、もう反省したっ!」
 蔵は知らん顔で、わめく私のスカートを捲り上げた。
 お仕置きのときは必ず下着まで下ろされる。
 そのため一発目から、みっともなく声を上げる羽目になってしまう。
 バシンッ!
「いたぁっ!」
 手が離れてからもジン、と追いかけてくる疼きに声が漏れる。
 今すぐにでも擦ってやわらげたいところなのに、それどころか更にとてつもない平手をくらった。
「ああぁっ! もういややぁ……」
 始まったばかりだというのに早くも音を上げてしまうが、蔵は構わず左手を振るう。
「何回言うても聞かへんのやろ、は。こうされなあかんねんな?」
 強めの口調と共にまたバシンと叩かれる。
「やぁっ、聞くっ! 言うこと聞くっ……!」
 さっきから従順な態度をとっているにもかかわらず、蔵の手が止まることはない。
 普段は言い訳もごまかしも許してくれる蔵だが、お仕置きと決めたらとことんやる。
 これまでの甘やかしの反動であるかのごとく、それはもう徹底的に。
「あぅっ……も、謝ったのにぃ……」
 容赦ない連打に、思わず本音が漏れる。
「なんやて?」
 頭上から降ってくる声に、しまった、と身をすくめる。
 バチィン! と、思った通りの強烈な一打を浴びて、軽率な発言を後悔した。
「ひゃあぁっ!」
 ぎゅぅぅと固く力が入ったお尻に、手がぴたりとつけられる。
「あんなぁ、ごめんなさいは一回言うたら済むもんとちゃうで。誠意が伝わるまで、何回でも言わなあかん」
 お尻から手が離れたかと思うと、すぐさま平手打ちとなって帰ってきた。
「あぁぅっ……ごめんなさぃっ……ぐす……」
 今のは、謝罪に対する間違った認識についてのごめんなさい。
 じゃあさっきのは?
 あれは、お仕置きされたくないから、許してちょうだいのごめんなさい。
 そういうの、全部見抜かれてるんだ。
 ボロボロと涙を落としていると、本題のお説教が始まった。
「片付けは自分のペースでええけどな、人に迷惑かけるのは許されへん」
 お仕置き開始から止むことのない平手を受けながら、蔵の声に耳を傾ける。
「俺以外の人やったらどないすんねん。信用なくすやろ」
「ごめんなさいぃ……ひっく……」

 ごめんなさいを言うたび、自分のどこが悪かったか理解していく気がする。
 部屋散らかしてごめんなさい。
 片付けろて注意してくれたのに、言うこと聞かなくてごめんなさい。
 蔵のノートなくしてごめんなさい。
 親切で貸してくれたのに、人のもの大事にせんでごめんなさい。
 ひとつひとつ頭の中に浮かぶごとに、気持ちが素直になっていく。
 しゃくりあげているせいで全部を口にはできないけど、ごめんなさいだけは確実に言葉で発した。
「これに懲りたら、整理整頓すること。わかったか」
「はい……っく、ごめんなさい……」
「最後10回や。ええな?」
 蔵は私を反省させたあと、決まってこの宣言をする。
 この締めの10回がきつい。
 ここまでは手加減してましたとばかりに、ケタ違いの威力で叩くのだ。
 あれを思うととても了承できないが、受けなければ終わらない。
 覚悟を決めて、小さく頷く。
 蔵の手はさっきまでとは比べ物にならない速さで、バチンッ! と重い音を立てて飛んでくる。
 既に赤くなっているはずのお尻にここまでやるか。鬼やでほんま。
 私の声はほとんど悲鳴に近かった。
「ああああぁぁっ! うわあぁぁんっ! 蔵ぁ、ごめんなさぁいっ! ごめんなさぁぁいぃっ!」

 このときばかりは心の底から、二度とお仕置きを受けたくないと思わされる。
 地獄のような10連発が終わって、服を直された。
 それでも涙を止められないでいると、蔵は私を抱き起こして、嘘みたいに優しく包んだ。
「落ち着いて思い出してみ。ノート貸した日、帰ってからどうしたん?」
 耳の後ろから穏やかな声が聞こえる。
 抱きしめられる格好のまま、背中のトントンというリズムに誘われて思考を巡らせる。
「……すぐ、必要なとこ写した」
はそういう行動早いもんな。偉いと思うで」
 率直な褒め言葉が、今なら抵抗なく受け入れられた。
 ほんでそのあとは? と促されて、続きを思い起こす。
「自分のノートと一緒に置いたまま、やと思うけど……」
「他は思い当たらへんねんな?」
「でも、机の上になかってんもん……」
「ほな一緒に見てみよか」

 蔵が捜すと、ノートはあっさり見つかった。
 私が思っていた通り、机の上の教科書類に紛れていたのだ。
「うっそぉ……何べんも見たのに……」
「ま、捜してるときはそういうもんやわな」
 あのとき見つけてたらお仕置きされんで済んだのに、としょぼくれていたら、蔵に頭をポスンとやられた。
「その場だけしのいでも意味ないやろ。全然反省してへんがな」
 呆れて笑う蔵を、甘えるように見上げた。
「なぁ蔵、片付けるの手伝ってくれる?」
「ええで。パーフェクトにこなしたるわ。聖書(バイブル)に任せとき」
 そう言って蔵は、頼もしく微笑んだ。




<あとがき>
 これはひどいブーメラン。
 私も片づけます、はい。

 カーな白石もいいな、と近頃思い始めました。
 何がいいって、敬語キャラとは違うのに説教口調(「○○しなさい」系)が似合うところ。
 いや、原作ではそんなに出ないけど。私の妄想。
 原作で言うと、「金ちゃん」と「金太郎」の呼び分け方が素晴らしいですね。
「仲間の試合くらいちゃんと見なあかんで金太郎」
「金ちゃんは死にたいん?」
 とね。ほんのりアメとムチのようなね。

 柔軟性はありそうなので、甘やかすときと厳しくするときの振り幅が大きいんじゃないかしら、と思って書いてみました。
 ちゃんからするとお仕置きのきっかけが読めなくて怖いかも?

 個人的には挑戦なのですが、しっかり謝らせる展開になりました。
 普段は融通きかせても、ここぞというところでガツンとやるタイプの白石はいかがでしょうか。
 彼は自分のお仕置きスタンスをかっちり作っていそうな気がします。


14.08.24 UP