Side Story 01
番外編9月28日(日)
デフォルト名:進藤 由麻
(紗英=仁王のキー)
選手たちを練習試合に送り出してから、マネージャーは片付けに取り掛かった。
この日ばかりは大した仕事もない。
朝の練習で使ったコートを軽く整備した後、各々が帰り支度を始める。
が紗英と共に部室へ戻ると、紗英はロッカーに向かわず椅子を引いてきた。
「ねぇさぁ、」
「何、私帰るわよ」
「私も帰るよ、でもちょっと聞いて」
には塾の宿題が残っている。
午後、柳生に見てもらうまでにあらかた終わらせておきたかった。
急ぐ気持ちがあったものの、先日紗英からお茶に誘われたことを思い出す。
そういえば何か話したそうにしていたっけ。
自分の都合で無下にするのもかわいそうだ。
「ちょっとだけならいいけど」
紗英の向かい側へ、も腰掛ける。
鞄からペットボトルを取り出し、お茶を含んだ。
紗英が伏し目がちに口を開く。
「私、なんか急に変わったとこある?」
「……何の質問?」
「たとえば、先週と今週で、私の態度って違う?」
「どうしたのよ。仁王になんか言われた?」
がそう問うと、あながち外れてもいなかったのか、紗英がさらに視線を落とした。
「言われたっていうか……最近の雅治、ちょっと変なんだよね。上手く言えないんだけど……」
「何よそれ、全然わかんないって」
彼女の言わんとすることが、にはさっぱり読めなかった。
重ねて紗英に問いかける。
「喧嘩してるってわけじゃないんでしょ?」
「うん。喧嘩は……してないかな」
一体何が不満なんだろうか。
ともあれ、紗英が執拗に誘ってきた理由は仁王と関係しているらしい。
傍からは何の問題も起こっていないように見えるのだが。
「喧嘩にはなってないけど、怒らせたかも、みたいな?」
が尋ねると、紗英は苦々しげに顔をしかめた。
まさにその通りなのかもしれない。
長く一緒にいたら、たまには言い争いのひとつもあって当然だ。
付き合いたてのカップルではないのだから、今さら気にすることもあるまいに。
だが親友を自負しているだからこそ、紗英には大きな欠点があるのを知っていた。
「ま、あんた謝らないもんね」
そうが言うと、紗英はあからさまにムスッとした顔つきになる。
本人も気にはしているらしい。
だって人のことを言えないが、柳生が相手の場合だけだ。
通常ならそれほど抵抗なく謝れるし、紗英ほど意固地ではない。
紗英のごめんなさいは、交流の深いでさえも聞いたことがなかった。
「揉めたら泥沼かもよ」と冷やかしながらはぼんやり考える。
仁王ならば、たとえ紗英が謝らなかったとしてもそれを許しそうだった。
間違ってもお仕置きなんてことにはならないはず。
妬ましくは思わないが、少しくらい羨んでもバチは当たらないだろう。
「でも、仁王ってそんなこと気にするヤツじゃないでしょ?」
フォローするように言ってやれば、紗英の表情が徐々に明るくなっていった。
「……そうよね。雅治そういうタイプじゃないんだよね、やっぱ」
多少は自信を回復したらしい。何よりだ。
話題を変えてやるついでに、今度はが愚痴っぽく語り出す。
「そういや宿題、写したこと普通に比呂士にバレたわよ。あんたのせいだからね」
本気で責めるつもりはさらさらないが、このくらいの軽口のほうが今の紗英にはいいだろう。
「えーやり方が下手だったんじゃないの?」
「1問テストされたの」
「うわ、最悪。風紀委員さんの彼女は大変だねぇ」
「ほっといて」
紗英はすっかり普段通りの受け答えだ。
「柳生って優しそうだよね」
「全然。てか今の流れでその感想? 仁王のが絶対緩いでしょ、いろいろ」
「そうでもないから。だって柳生、わざとらしい意地悪言ってきたりしないでしょ?」
「ああ見えて結構言うよ、アイツ」
「うっそ、意外。どんな?」
「どんなって……」
は、言っても差支えなさそうな台詞を思い出そうとするが、適切なものが浮かばない。
いくら親友であろうと、むしろ親友だからこそ、柳生にお仕置きをされいてるなんて絶対に知られるわけにはいかなかった。
下手なことを言って勘付かれたくない。
「じゃあ宿題バレたとき、なんて?」
言い淀んでいると、紗英が質問を投げかけてきた。
まぁ、それくらいなら答えられるか。
「……『本当のことを言いましょうか』とかって。マジ煽ってくるでしょ」
「へー……で、答えたの?」
「しょうがないじゃない、もうバレてたんだし。しつこいのよね、比呂士って」
どうやって聞き出されたかまで答えてやる義理はないだろう。
「やっぱは偉いっていうか、真面目だわ」
「はいはい、どうせ真面目な馬鹿正直よ。さてと、早く帰って宿題の続きやんなきゃ」
「んじゃ、また明日ー」
紗英はいつもの調子に戻ったようだし、もう大丈夫だろう。
たまには励ましてやるのも友達の役目だ。
私も何かあったら相談させてもらおう。勉強以外で。
そう考えながら帰路につくだった。
<あとがき>
お互い「あの子はお仕置きなんてされてないんだろうな、いいな」と思っててほしい。
19.09.04 UP