Side Story 02
番外編10月6日(月) ※本文中名前変換なし
幸村精市/安達晴香
柳蓮二/林綾子
柳生比呂士/進藤由麻
仁王雅治/堀川紗英
部室へと向かう由麻の隣を、紗英は当然のようについて歩いていた。
お互いに掃除当番を手伝うのはいつものことだから、今さら申し出る必要もないのである。
「昨日は雅治と映画に行って……」と語る紗英に、由麻が相槌を打つ。二人がコート脇を通ると、柳と後輩マネージャーの林が立っていた。差し向かいで話している。
声が聞こえる距離まで近づくと、話というよりは林への叱責であることがわかった。
(いつも説教ばっかり、よくあんなに言うことが思いつくよ、マジで)
目に涙をためている後輩を気の毒に思いながらも、紗英に口出しできることなどない。
由麻も見て見ぬふりをしているようだ。二人で雑談を続けながら通り過ぎ、部室に入っていく。
掃除道具を手にしてから、紗英が改めて口を開いた。
「柳ってさ、林ちゃんにホント厳しいよね」
同じ光景を見ていた由麻はすぐさま話に乗る。
「そりゃ彼女だし、年下だし、そうなっちゃうものなんじゃない?」
由麻はそう言ってから、柳は誰が相手でも小うるさいっちゃ小うるさいけど、と付け加えた。
「林ちゃん平気なのかな」
「あの二人、幼馴染でしょ? 喧嘩するほど仲が良いってやつじゃないの」
「んー、そうなんだろうけどさ……」
紗英は歯切れ悪く言い淀む。
少しの間を置いて、仕切り直すように語りだした。
「ねぇ、ここだけの話なんだけど」
声を潜めて言う紗英に、由麻は訝しみつつ答える。
「うん」
「由麻にだから言うんだよ? 誰にも内緒の話ね」
「わかってるわよ、何?」
そんなにも念を押すようなことかと、紗英の話しぶりはますます由麻の興味を引いたようだ。
「林ちゃんさっきみたいにさ、部活中たまに泣いてるじゃん?」
「そうね」
「なんか、お尻叩かれたりしてるっぽい……んだよね」
由麻の動きが止まる。怪訝な顔で問い返した。
「……誰に?」
「柳に」
飲み込むのに時間がかかったのか、由麻は数瞬黙り込んだ。
それから、止まっていた時が動き出したかのようにまくし立てる。
「うっそ、本当?」
「マジマジ」
「え、なんでわかった? 見たの?」
「見てはない。ないけど、それっぽいとこに遭遇してさ。雅治にも聞いてみたら、たぶんそうだろうって」
そうだろう、とは言っていなかったのだが、特に否定もしなかった。
おそらく間違いないと紗英は踏んでいる。
「でも、びっくりはしないでしょ?」
紗英が尋ねるが、由麻は首を振った。
「するわよ普通に。いくら柳が保護者っぽくてもさぁ」
「えー、そう? イメージあるけどな」
てっきり同意すると思っていた紗英は、口を尖らせる。
(由麻的には、彼氏からお仕置きでお尻叩かれるって"ない"んだ)
彼女の反応を見て紗英はそう感じた。
無理からぬことである。紳士の異名を持つ柳生のことだ。紗英とて、彼が手を上げるところなど想像できなかった。
その点に関して紗英は由麻を羨むが、柳生と付き合いたいわけではない。
めいめい自分に合うパートナーがいて幸いだ、と思うだけであった。
「ってわけでさ、部活終わったらなんだけど」
紗英は悪い顔で由麻に笑いかけた。
***
「……ちゅうわけで柳、紗英にはバレとるぞ」
全体ミーティングに部員が集合するのを待つ間、早々に到着していた四人は軽い柔軟をしながら輪になっていた。
「では、由麻さんに話が行くのも時間の問題ですね」
「構わない。もとより隠すつもりもないからな」
柳が軽く受け流す。
「綾子は周知の事実と思っているようだ。当然、最大限の配慮はするが……大体お前たちと話題を共有している時点で、秘密でも何でもないだろう」
言えとるのぅ、と仁王が呟く。
「彼女たち同士で話してはいないのかな」
幸村が言うと、柳生が即座に答える。
「由麻さんに限ってそれはないでしょう。特に堀川さんには絶対に知られたくない様子ですからね」
「まぁ紗英もそうじゃろうな」
「そうか。そこは気を遣ったほうがいいかもね」
幸村も二人の談に頷く。
「ところで精市、先日は綾子が迷惑をかけたな、すまない」
機会を逃していて謝罪が遅れてしまった、と柳が言う。
こんな話、ほかに人がいる場面では切り出しにくい。幸村は「気にしてないよ」と微笑んだ。
「精市のほうは、あれから彼女とどうだ?」
柳に問われ、そうだな、と腕を伸ばしながら幸村は語りだした。
「最近一緒にいる時間が増えてから、知らなかった一面ばかり見せられてるよ。これまでいかに彼女を構っていなかったのか痛感した」
「なるほど。俺たちとは違い、精市は彼女と過ごす時間がなかなか取れない日々だっただろうからな」
「新たな発見があったのですね」
「良くない面も含めて、だけど」
謙遜するように、幸村が苦笑した。
「幸村くんなら、それも丁寧に対応するのでしょう?」
柳生に問われ、んー、と幸村は視線を上げる。
「対応といえるかわからないけど、忘れ物については二度ほど叱ったら、それ以降しなくなったようでね。多少は効果があったみたいだよ」
幸村は誇らしげに話してから、更に続ける。
「しなくなった、といっても、俺に言わないだけかもしれないけどね。目撃情報はあるかい?」
そう言って、晴香と同じクラスの仁王に目を向ける。
「俺の知る範囲では、忘れ物はしとらんようじゃの」
「それはよかった」
幸村は再び満足そうに笑みを浮かべた。
「打てば響く、というのは羨ましい限りだ」
「まったくじゃ」
「まだ直らない癖もあるよ。そこは根気強く注意していくしかないね」
「根気強く。まさにそうですね」
柳生が漏らした声に、一同は感じ入ったようだった。
「お疲れっス! 先パイたち、早いっすね」
切原の声に皆が顔を上げる。
「お疲れ様、赤也」
幸村がそう返したのを合図に、四人は話題を切り替えた。
***
本日の部活が終了し、部員が着替えに戻っていく時だった。
「柳ぃ、ちょっと怒りすぎじゃない?」
「林ちゃん泣いてたよ? かわいそーに」
部室へ向かおうとする柳の前に、女子二人が立ちはだかる。由麻と紗英がちょっかいをかけにやって来たのだ。
「皆に迷惑をかけたことを注意したまでだ」
柳は二人を一瞥し、振り払うようにして足を進める。予測可能だったのか、さして動じる様子は見せない。
「それにしたってねぇ」
「泣かせなくてもいいじゃない、ねぇ」
柳の両脇についた二人が、追いかけながら左右から口々に言う。
「私たちは迷惑かけられたと思ってないわよ」
「うんうん、林ちゃんすぐ謝ってくれるし」
「素直で良い子なのに、柳は厳しすぎ」
「そんなんじゃ嫌われるよ?」
「そうよ、いくら信頼関係があっても、責められてるほうは結構キツいんだからね?」
「あんなに怒らなくたって、やっちゃった時点で後悔してるんだからさぁ……」
絡む二人に言われっぱなしに見えた柳だったが、おもむろに口を開く。
「やけに実感がこもっているようだが」
小さく漏らした一言に、由麻と紗英はぎくりとして言葉を失う。
柳のささやかな反撃で、二人はたちまち狼狽した。
「は、林ちゃんの気持ちを代弁してるだけよ!」
「そうそう! あれだけ泣いてるの見ればわかるって!」
はぐらかすようにがなり立て、二人が顔を見交わす。柳は悟られぬよう忍び笑いをした。
「とにかく、今日は帰りにお茶でもすること! いい?」
由麻が柳を指さし、強引に話題を持って行った。
「林ちゃーん! おいでおいで」
紗英が手招きすると、林が駆けてくる。
「柳がさ、奢るから林ちゃんとカフェ行きたいって。連れてってもらいな」
荒っぽい仲立ちに苦笑しながらも、柳は林に慈しみの目を向けた。
「だそうだ。このあと時間はあるか? 綾子」
「うん、行きたい!」
どういった経緯でこうなったのかまではわからないようだが、林は嬉しそうに頬を緩める。先輩たちが仲直りさせようとしてくれたことは理解しているようだった。
「ちゃんと奢らせなよ?」
「い、いえ、そこまでは……」
「だーめ、先輩命令」
からかい調子で言われて困惑しながらも顔を綻ばせる林に、由麻と紗英も先輩の表情を見せるのだった。
<あとがき>
女子二人に絡まれる柳が書きたかった。
綾子ちゃんはみんなに知られている代わりに、みんなからフォローしてもらってるといい。
21.01.24 UP