締切厳守!A:仁王

A:仁王にお願いする(仁王編)



 仁王は部室の扉が開いていることに気付き、猫のように忍び寄った。
 中を覗くと、がパソコンの前に座っている。
 後姿でも焦っている様子が見て取れた。
 目を凝らして画面を見れば、先日幸村から発注を頼まれていたボールの予約ページであることがわかった。

 勘のいい仁王は事情を察する。
 大方、発注を忘れて締め切りを過ぎてしまったのだろう。
 幸村に知られれば間違いなく叱られるはずだ。
 が幸村からどのようなお仕置きを受けているか、誰も口にしないが誰もが知っている。
 気の毒でありながら少し微笑ましくもある女子マネージャーを想い、仁王はフッと笑った。
 このまま幸村に引き渡すのも面白いが、仁王の胸に小さな悪戯心が湧く。
 自身のスマートフォンで検索し、別の代理店ではまだボールの注文を受け付ていることを確認する。
 そして静かに部室へ足を踏み入れた。

「まーたやらかしたんか
 飛び上がるようにして動揺する彼女をからかいながら、仁王は話の流れを考えていた。
 まだ発注の手段があると教えてやってもいいが、タダで助けるのはもったいない。
 もう少し彼女の驚く顔が見たくなったのだ。
「俺が代わりにお仕置きしてやろうか」
 が目を見開いた。
 期待通りの反応に思わず口角が上がる。
 彼女はどうやら、お仕置きのことは知られていないと思っていたらしい。
「仁王、どういうつもり……」
「幸村にお仕置きされるか、今お仕置きされるか、選びんしゃい」
「はぁっ?」
「今お仕置きを選ぶなら、ボールの件はなんとかしてやるぜよ」
「なんとかって……」
 そこまで言って、は考え始めたようだ。
 悩む様子を見せながら、チラリと顔を上げている。
「精市には、言わないでくれる……?」
 こちらへ気持ちが傾いているらしい。
 ゆっくり頷いてやると、決断したが珍しく殊勝な態度で答えた。
「仁王に……お願いする……」
 おもしろい展開になったと、仁王はほくそ笑んだ。


 さてお仕置きすることになったはいいが、人の彼女を脱がせたり、触ったりするのはさすがにまずいだろう。
 何か適当な道具がないかと考えを巡らせる。
「お前さん、確か立派な櫛持っとったのう?」
「クシ? あるけど……」
 貸してくれんか、というとは不審がりながらも鞄からブラシを取り出した。
 がいつも持ち歩いているブラシは木製で大ぶりなものだ。
 平気でブラシを差し出す様子を見るに、は道具で叩かれた経験はなさそうである。
 仁王は受け取ったブラシを一瞥すると、普段ラケットでするようにわざとらしく素振りをしてみせた。
 の顔色がサッと変わる。
 どうやら気付いたらしい。
「仁王、まさかそれで……」
「そのまさかぜよ。服の上からにしてやるから安心しんしゃい。触られるよりええじゃろ?」
「んまぁ、そっか……」
 中央の長テーブルに手をつくように指示をする。
 は「こう?」と尋ねながら言われるままに体勢を整えた。
 普段はそういう叩かれ方をしていないようで、不安そうにチラチラ見てくる様子がいじらしい。
「じゃ、始めようかの」
 そう言ってブラシを振り上げ、一発目を落とす。
 パシンッ! と籠もった音が鳴った。
「ひっ……」
「どうじゃ? 感想は」
「痛い…………」
「ま、そうじゃろうな」
 続いて2発、3発と叩けば、その度にの体が跳ねた。
 一応お仕置きではあるため朗らかな雰囲気、とまではいかないが、幸村に叱られる時のような萎縮は見受けられない。
 ただただ健気に、痛みを堪えているようだった。


「痛ぁいっ……」
 10回ほど叩いたころだろうか、耐え切れなくなったはお尻を抑えてしゃがみこんでしまった。
「算数の時間じゃ」
 仁王が言うと、が顔だけを上げる。
「お前さんが幸村に指示を出されたんはいつじゃった?」
「今月の6日……」
「締め切りまで何日あった?」
「……19日?」
 25日引く6日。単純な引き算だとそうなる。
「言われた当日を入れて20日間じゃな」
 は6、7、8と呟きながら指を折り、本当だ、とこぼした。
 真意を測りかねているに仁王は「じゃろ?」と念を押すと、改めて体勢を整えさせる。
「あと20回、かの」
 がビクンと反応し、顔を仁王に向けた。
 口にはしないが、数を宣言して叩かれることも稀なようだ。
「じっと我慢できたら、ボールの件はどうにかしちゃる」
「……精市にバレない?」
 この状況でも幸村の方が怖いか。
 同じことをしているつもりなのに、アイツはいつもどれだけ怯えさせているのかと、仁王は苦笑した。
「ああ、大丈夫じゃ」
 よほど幸村が怖いんじゃのぅ、と独りごちる。


 パシッ! と20打目が鳴り響くと、は憚ることなくお尻を抑えた。
「ああ~、痛かったぁ!」
 少し涙目ではあるが、耐え抜いたようだ。
「いつもみたいには泣かんのか、感心じゃな」
 が顔を赤くして反論する。
「い、いつもだって泣いてないから!」
「そうか? よう目腫らしとるような気がするんじゃが」
「それは気のせい! ……ところで、ボールどうするの?」
「ああ、ちょっと待ちんしゃい」
 仁王はパソコンに向かい、別のサイトを表示させる。
「えっ……受付中?」
「業者はひとつじゃないからの」
 そんな知識がないは、尊敬の眼差しで仁王を見つめる。
「仁王、すごい……素直に見直したよ」
「いつもあるとは限らんから、今度から気をつけるんじゃな」
「うん、ありがと!」
 の安心した笑顔につられ、仁王もまた微笑んだ。


「お前さんには敵わんのぅ」
「ん? どうしたんだい仁王」
「何でもないぜよ」
 幸村とのすれ違いざまに、仁王がポツリと漏らす。
 にとっての恐ろしい存在にはなれなかったことが少しだけ悔しい、仁王なのだった。




<あとがき>
 お仕置きの怖さって、きっと関係性も大事ですよね。
 叩かれること以外の部分が大きいのではないかなというお話。
 一応幸村の彼女なので仁王にはいろいろと遠慮してもらいました。

 あ、この仁王は彼女いない設定ということで!
 仁王にはまた別のお話で、存分に意地悪な面を発揮してもらえたらと思います!(笑)


---他の選択肢---

B:自分で幸村に白状する!

C:そうこうしている間に幸村が部室に……


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2017.08.20