締切厳守!C:幸村と仁王
C:そうこうしている間に幸村が部室に……(二人編)仁王はニヤニヤしながら部室内をしばらくうろついた。
そして最終的に奥の壁に寄りかかり、私の答えを待つ。
私をおちょくって楽しんでいるんだろう。
その表情が頭にくるったらありゃしない。
「……なに笑ってんのよ」
「そりゃお前さんが面白い顔で悩んどるからな」
……ムカつく。
さっき仁王、ボールはなんとかするって言ったよね?
できるんならさっさと教えてくれればいいのに、こんなときまでふざけないでほしい。
私は本気で困ってるんだから。
「いい加減にしてよっ!」
「そうカッカしなさんな」
「うるさいっ!」
その辺りに転がっていたテニスボールを、仁王めがけて投げてやった。
ちょうどその瞬間、背中でガチャ、と音がした。
誰かが部室の扉を開けたのだ。
仁王はひょいと避け、ボールは壁にぶつかる。
振り返ると、入ってきたのは精市だった。
まずい。
頭で整理しきれないけど、とにかくまずいところを見られたと思った。
「ほーう。そんなことするんか」
わざとらしい言葉を掛けられて、反射的に仁王を見る。
「……、いま何したの?」
今度は精市に言われ、再び扉の方を向く。
二人にじっと見られながら、私だけがキョロキョロと落ち着きなく視線を泳がせていた。
ボールを投げたことを弁解しようと一瞬口を開きかけたけれど、そのためには経緯を話さなくてはならない。
……この状況をどう言い訳しよう。
仁王はおもむろにテニスボールを拾い上げて言った。
「人にこんなもん投げてええんか、」
ボールを机に置き、じわじわとこちらへ迫ってくる。
「悪い子にはお仕置きをせんといかんかのぅ」
ひょっとして怒らせた?
いいや仁王のことだから、さっきの調子でからかってるだけかもしれない。
どちらにせよ、完全に仁王を敵に回してしまった。
もっと手懐けておけば、上手く立ち回ってもらえたかもしれなかったのに。
精市に視線で助けを求めると、意外な言葉がかけられた。
「そうだよ、。子どもじゃないんだから、物を投げたら危ないことくらいわかるだろ?」
止めるかと思ったのに、そういう雰囲気じゃない。
むしろ、このままお仕置きモードに入りそうな勢いだ。
「ちょっと、待ってよ、違うの……」
「まずは“ごめんなさい”じゃろ?」
仁王に諭されてハッとする。
今のは謝るタイミングだった。
混乱しているとはいえ、言い訳が口をついてしまった。
恐る恐る精市を見ると、眉間に皺を深く刻ませていた。
「……いいよ、仁王。にお仕置きしてやって」
「えっ……!?」
「謝らないが悪いんだよ。ちゃんと反省するんだね」
話が思わぬ方向へ行ってしまった。
本当に仁王からお仕置きされる羽目になるなんて。
「精市、そんなぁ……」
「心配しなくても、服の上からだよ。俺は仁王の後にする」
それは安心、じゃない、それだけの問題じゃなくて、しかも精市はその後にって!?
まったく頭が追いついていないのに、精市から矢継ぎ早に言われる。
「あのブラシ、持ってるだろう? 貸してくれるかい」
わけもわからず言われるがままに鞄からヘアブラシを取り出す。
まさかここで髪を整えるわけでもないだろうに、何の疑問も抱かずにそれを渡してしまった。
精市は私の手からブラシを受け取り、そのまま仁王へ渡した。
「これで頼むよ」
「任せんしゃい」
そこでやっと気が付いた。
あのブラシでお尻を、叩かれるんだ。
「覚悟はええか、」
私は仁王に引っぱられ、長テーブルに手をつくよう促された。
精市は近くの椅子に座って腕と足を組む。
他の人からお仕置きをされるのも初めてだけど、その様子を精市に見られるのだって当然初めてのことだ。
怖い顔が目の端に映って、思わず足がすくむ。
パシッ!
ヒュッと風を切る音がした直後、お尻に痛みが走る。
「…っつ……」
再びブラシが振り下ろされる音がして身を固くした。
「あぅっ………」
手で叩かれるのとは少し違う、なんというか重い痛みだ。
こらえながら精市をチラリと見ても、助け船を出してくれる様子はない。
そりゃそうだ。精市は同意してるんだから。
私がちゃんと反省しているか、精市はじっと見るだけだ。
パシンッ!
「ああぅっ…!」
お尻の下の方にキツい一発を落とされて、たまらずしゃがみこんでしまう。
「まだ終わっとらんぜよ」
仁王は自身の手のひらにペタペタとブラシを打ちつけながら、私が立ち上がるのを待っている。
「だってっ……」
声に涙が滲んでいるのが恥ずかしい。
どうしてこんなことになっちゃったの?
そもそも、仁王がからかってくるのが悪いんじゃない。
…………違う。
事の発端は、私の発注忘れだった。
まだそのことを言ってもないのに、精市はこんなに怒ってる。
どうしよ、こんなんじゃとても本当のことなんて言えないよ。
私はのろのろと体勢を戻す。
さっきのようにきちんとした姿勢はとれないけれど、なんとか元の位置に手をついた。
それを見届けた仁王はすかさず三連打を浴びせてきた。
「うっ……あうっ……ああっ……」
またお尻を抱えてしゃがんでしまいそうになったところで、仁王にトントンと肩を叩かれる。
「こんなもんじゃろ。あとは幸村に泣かされんしゃい」
ホッと息をついたのも束の間、仁王は精市に歩み寄る。
ブラシを渡そうとする仁王に対し「俺はいいよ」と言って精市は受け取らない。
私の隣まで来ると、黙って私の体勢を整えさせる。
そのまま流れるように平手が一発、お尻に飛んできた。
「ひうっ……!」
余りの痛さにびっくりしてお尻を抑えてしまう。
「せ、精市……」
「今日は服のままだからね、手加減しないよ」
たまらず精市を見上げると、恐ろしい宣言が返ってきた。
ただの平手で、それも服の上からなのに、いつも以上に痛い。
仁王に叩かれた後だから? いや、きっとそれだけじゃないと思う。
普段だってあんなに痛いのに、あれで手加減してたっていうの?
冷たいものが背筋を走る。
恐怖で固まる私の背中を軽く支えながら、精市が右手を振り上げた。
バシン、バシンと容赦ない連打が降り注がれる。
「ひやぁあっ!痛いっ…いたぁいっ…!ああっ……!」
声を出さないようにする余裕なんかない。
お尻はどんどん熱を帯びていき、じっと我慢なんてとてもできなかった。
鼻の奥がツンとしたかと思うと、目の前が涙で滲んでいく。
それはすぐに溢れて頬を流れ、机にポタリと落ちた。
だけど机にしがみつくのに必死で、目元を拭うことすらできない。
バシンッ!
「ああっ…ぅ……」
強烈な一打で体が崩れ落ちる。
しかし精市は仁王のように待ってはくれず、私の腕を引っ張り上げる。
無理矢理立たされ、お仕置きはすぐに再開された。
「うぅっ…も、無理ぃっ……いたいぃ……」
鼻水を啜り上げながら、息も絶え絶えに訴える。
「まだ仁王に謝ってないよ?」
ああ、仁王に向かってボールを投げたから怒られてるんだった。
そんなこともわからなくなるくらい、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「あうっ……ごめんなさいっ……仁王、ごめんなさいぃ……!」
「人に物を投げたりしちゃ駄目だからね」
「しないっ……もうしません…っ……!」
精市が仁王に「どうする?」と尋ねると、「俺はいいぜよ」と言ってくれた。
机に突っ伏すようになりながら息を整える。
頬の涙をゴシゴシ擦るけど、そうするうちにまた流れてきてしまう。
精市の本気がこんなに痛いなんて。
今日はものすごく怒ってたわけじゃないし、まして服の上からだ。
なのに涙が止まらないほど痛い。
「俺達は部活始めるから、戻るまでに泣き止んどくんだよ」
精市は笑って私の頭を撫でてから、ラケットを取って部室を出て行った。
それを見届けて、ふーっと息をつく。
誰もいなくなってくれれば気楽だ。
落ち着くまでじっとしていよう。
早く仁王にも出て行って欲しくて、目線を向けた。
……恥ずかしいところ、見られちゃったな。
仁王がゆっくりこちらへ向かってくる。
これ以上何を言われるのかと身構えた。
「注文の件は俺が解決してやるぜよ」
……そうだった。
ゴタゴタですっかり頭から抜け落ちてたけど、一番の問題はそれだったのだ。
「どうやって……?」
「イリュージョンじゃ」
仁王はそう煙に巻き、手に持っていたブラシを私に返して去って行った。
後日、私が発注忘れをやらかした新製品は、ちゃんと届いた。
仁王がどんな魔法を使ったのかわからないけれど、彼のイリュージョンに対する認識を改めなければならないと思った。
<あとがき>
ずいぶん前に、「仁王と幸村の2人から叱られる話はどうか?」とご提案いただいたことがありました。
(調べてみたら2013年のことでした……4年前……)
紆余曲折あって、こういう形で小説にしてみました。
幸村の彼女を活かしたせいで、AパターンもCパターンも仁王はサブ的扱いになりましたけども、一応それっぽい展開にはできたかなと思います。
今回は幸村の怖さを強調しただけの話になっちゃいましたが(笑)、仁王にはご自身のキーちゃんでカーっぷりをご披露してもらいたいですね。
---他の選択肢---
A:仁王にお願いする
B:自分で幸村に白状する!
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2017.08.20