締切厳守!B:幸村
B:自分で幸村に白状する!(幸村編)「……わかったよ」
私は決心して顔を上げる。
「自分で精市に言う」
ほう、と仁王が薄い笑みを浮かべた。
簡単なリスク回避だ。
もし後でバレたら大変なことになる。
それくらいなら最初から謝った方が絶対にいい。
「お前さんがそれを選ぶなら、俺が言うことは何もないのう。明日、幸村に確認するかもしれんが、いいんじゃな?」
「い、いいよ? ちゃんと言うもん」
そう啖呵を切ったものの、既に私は不安を感じていた。
いざ精市を前にして、本当に言えるのだろうか。
今日の精市の機嫌が悪くないことを祈るしかなかった。
「帰ろうか、」
にっこり微笑む精市に肩を叩かれ、ぎこちなく笑い返す。
「う、うん……」
祈りが通じたのか、精市はやたらご機嫌だった。
初めは良かったと胸を撫で下ろしたのだけど、だんだんとそう思えなくなってきた。
これはこれで、言い出しづらいのだ。
もし私のミスを白状すれば、この笑顔を曇らせることになってしまう。
ああ、何事もなければ今頃カフェの期間限定ドリンク飲みに行こうなんて誘って、呑気にお茶してただろうに。
上機嫌な精市とのデートって本当に楽しいのに。
原因を作ったのは私。
言わなきゃと思いながらも、この微笑みを見ていると勇気が出ない。
どうしてこんな時に限って機嫌がいいの……!
私の馬鹿。
なんで早く注文しなかったんだろう。
言われてすぐやればよかったんだ。
暗い私に気付いたのか、精市が「どうかしたの?」と聞いてくれる。
何も言えずにいると、言葉の代わりに涙が滲んできた。
精市は困ったように笑って、頭をふんわりと撫でてくれた。
「ほら、泣いてるだけじゃわからないよ?」
その声がとても穏やかでますます泣けてくる。
「私、……謝らなくちゃいけないことが、あって」
瞬きをしたら零れそうなくらいに溜まった涙で、足元が霞んでいる。
「そうか。道理で様子がおかしいと思ったよ」
手は頭に置かれたままだけど足は止めない。
ゆっくりと歩みを進めながら、精市は「何だい?」と私の目を覗き込むように屈む。
精市はまだ笑顔だ。
言ったら、もう笑ってくれなくなるだろうか。
でも言うって決めたんだから。
自分からちゃんと謝るって。
「……精市に頼まれてた、ボールね」
「ああ、うん」
「…………予約、できてなくて」
途端に精市の表情が曇るのが見える。
「……できてないっていうのは?」
怒らないように、私を怖がらせないようにしようとしてるのが伝わってくる。
それなのに私ときたら、まだなんとなく誤魔化そうとして。
できなかったんじゃなくて、まるきり自分のせいなのに。
左の目からポロッと滴が落ちた。
「…………忘れてて。締切、過ぎちゃって」
「………………」
「……ごめんなさい」
車の音と行き交う人の話し声、そして自分の心臓が異様にうるさく聞こえた。
それなのに精市の息遣いだけ全然わからなくて、不安が募る。
不意に、頭をポンポンと叩かれた。
「よく謝れたね」
ハッと見上げると、精市は薄い笑みを向けてくれる。
「正直に言ってくれて嬉しいよ」
ポカンとする私に、精市はさらに目を細めた。
「大丈夫、無いなら無いでどうにかするから」
「……本当に?」
「本当だよ」
再販するかもしれないし、と気楽な物言いで精市は言った。
つくづく、白状してよかった。
精市だって言えばわかってくれるんだ。
数々の童話で読んだ、正直者が救われる話を思い出す。
あの教訓をようやく実感した気分だった。
そんな晴れやかな心は、次の一言でどん底に落とされる。
「お仕置きはするけどね」
「…………え?」
聞き違いかと思って精市を見る。
あくまでにこやかな笑顔だ。
やっぱり聞き違いだったのだろうか。
「けじめはつけないと、だろ?」
柔らかいながらも有無を言わせない口調に、言い返す言葉などない。
精市の部屋につくなり行われるであろうお仕置きが、せめていつもよりも優しいものであることを引きつった顔で願うしかないのだった。
幸村家にあがる私の足取りは重い。
「……お邪魔します」
「浮かない顔だね」
「だって……お仕置きでしょ?」
「うん」
即答する精市は私の反応を楽しんでいるかのようだった。
笑顔で背中を押され、部屋へ通された。
精市は鞄を下ろして上着を掛けると、早々にベッドに腰掛ける。
私は溜息をひとつ吐き、鞄を置いて精市に近づいた。
どちらからともなくお仕置きの体勢をとる。
膝の上で横になってから、口を開いた。
「……あのね、精市」
「何だい?」
「…………ごめんなさい」
精市がクスリと笑う。
「いつもこのくらい素直だといいんだけど」
……こっちも言いたい。
精市も普段からこのくらい優しいといいんだけどな。
服の上から、お尻にそっと手が当てられる。
「自分でわかってるんだよね。何がいけなかったか」
「うん……」
一瞬離れた手がパシッ!と打ち付けられた。
「……っ…………」
続いてパシン、パシンと、ゆっくりとした平手が一定のペースで落とされていく。
「今、後悔してるだろう?」
「……………」
その通りだった。
たくさん時間があったのに、どうして早くやらなかったのか。
先延ばしにしなければよかった。
精市が言わなくたって、自然とそんな思いが湧き上がる。
情けなさと悔しさで、また涙が溢れてきた。
いろんな気持ちで胸がいっぱいになる。
鼻を啜りながらごめんなさい、と言うと、精市は小さく「うん」と返してくれた。
「もう、反省したよね」
しゃくり上げながら頷くと、優しく頭を撫でられる。
その手の安心感から、私は声を抑えることもできなくなった。
顔を覆ってわんわん泣く私を精市が起こしてくれる。
「そんなに泣くことないじゃないか」
笑いながら精市が言った。
よしよしと子供をあやすように背中を擦られる。
すると不思議なことに、何だか呼吸が落ち着いてくるのだった。
「そういえば、どこか行きたいってこの前言ってなかったっけ?」
「…………限定のチョコリキサー飲みたいな」
「これから行こうか」
「……うん!」
現金な私を見て、精市がまた笑う。
しょうがないじゃん、上機嫌な精市とのお出かけは最高に楽しいんだから。
<あとがき>
非常に機嫌がいいときの幸村のお仕置き、というのを書きたくてこうなりました。
機嫌のいいときがあるなら、機嫌最悪のときも当然あるわけです。
それも書きたいですねぇ(笑)。
---他の選択肢---
A:仁王にお願いする
C:そうこうしている間に幸村が部室に……
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2017.08.20